2021年5月15日土曜日

APFSDSとAPの差異とその由来

気が付いてみれば、2017年2月にユゴニオ弾性限界の覚え書きを投稿してから早4年、
ベルヌーイの式とエロージョンを伴う侵徹の覚え書きユゴニオ弾性限界を超えた後の応力ひずみ線図の覚え書き衝撃インピーダンスってなんだ?な話お手軽に高速度侵徹を解析したい話ちょっと頑張ってL/D効果も含めた侵徹深さの評価をしたい話APFSDSのRHA侵徹深さを簡単に見積もりたい話AWモデルにおけるDynamic cavitation analysisの解析解高速度侵徹のエネルギー効率高速度侵徹の侵徹効率と高速度侵徹について多くの記事を書いてきました。(実は高速度侵徹はZukasのHigh velocity impact dynamicsに由来し、低速度侵徹はTerminal ballisticsの4章のEroding penetratorを高速度侵徹と訳した時に、どうRigid penetratorを訳すかと考えたときに生まれたオレオレ訳に過ぎないものです。)

最初のモチベーションは、ユゴニオ弾性限界に代表される特殊な変形挙動についての興味でしたが、多くの勉強をすることが出来ました。また、AWモデルという現代高速度侵徹モデルに触れたのちには、Cavity expansion analysisに感銘を受け、侵徹体の形状依存性を考慮してCavity expansion analysisを解くForrestalの式を追うことで、低速度侵徹の代表的なモデルにも触れることが出来ました。その過程は侵徹中に標的が作る抵抗 1 -静的Cavity expansion analysis-侵徹中に標的が作る抵抗 2 -動的Cavity expansion analysis-侵徹体の形状から侵徹体の重量を求める低速度侵徹の侵徹深さの求め方 - Forrestalの式 -Jacob de Marreの式と(低速度)徹甲弾の一般化した侵徹の解釈低速度侵徹のエネルギー効率に示した通りです。


エネルギー保存の観点から見て、APFSDSのような高速度侵徹と、APのような低速度侵徹はまったく異なる振る舞いをします。低速度侵徹では常にエネルギーは保存されますが、高速度侵徹ではそうではありません。それは高速度侵徹のエネルギー効率で触れたように、「高速度侵徹では侵徹体が消耗するため」です。


さて、今回はこの「高速度侵徹では侵徹体が消耗する」ことと、「標的の抵抗はCavity expansion analysisで求められる」ことを出発点として高速度侵徹について考え、低速度侵徹と高速度侵徹の間の差異、ひいては、多くのミリタリー趣味者が心惹かれたに違いない、APFSDSのメカニズムがAPと決定的に異なる点について考えてみます。

結論

APFSDSのような高速度侵徹とAPのような低速度侵徹の間の本質的な差異とは、ユゴニオ弾性限界、衝撃インピーダンスや「流体としてふるまい(塑性流動)、相互侵食を起こして機械的強度を無視し、装甲を貫徹する。」といったことではなく、侵徹体が消耗するかどうかに起因します。

準備

とはいえ、抜き身では大変なので、高速度侵徹の特徴をここで一つ示してしまいましょう。

以下の図に、AWモデルで計算された、L=700mm, D=20mmの降伏強度0.5GPaのタングステン(WHA)製侵徹体を2000 m/sで降伏強度1GPaの鋼製(C>0.02)の標的に衝突させた際の侵徹体の先端速度と後端速度を示します。見て取れるように衝突直後から侵徹先端はある速度まで急速に減速し、その後は侵徹の大部分をその速度で行うことがわかります。


図1 侵徹体の速度プロファイル

ここで、侵徹体先端速度は以下の図の通り侵徹体が標的中を突き進む速度であり、侵徹深さを定める上でカギとなる値です。

 図2 単位時間あたりに標的を侵徹する距離

仮定

さて、図1に示した通り、高速度侵徹では侵徹体先端と侵徹体後端は異なる速度で運動しています。これはすなわち、侵徹体は塑性変形し、消耗しているということを示しているのですが、侵徹過程において、侵徹体は全体が変形しているわけではなく、標的と侵徹体の界面近傍のわずかな領域のみが塑性変形しています。ここでは今、この侵徹によって以下の図に示すように

1. 侵徹先端のわずかな領域が塑性変形し、(半球状になり)
2. その時、標的が作る$\sigma_z$はN=1/3のForrestalの式に等しい

と仮定します(N=1/3の妥当性はさておきましょう。)。図中$R_t$は$\sigma_s$のことです。

図3 侵徹体、標的の諸特性と侵徹体先端/標的界面の模式図

さて、今この侵徹体先端の塑性変形部と標的の間にどのような関係が成り立っているかを考えてみましょう。

衝突直後

衝突直後の侵徹体先端速度$u$の速度については議論の余地がありますが、ここでは$u_0$として、所与のものとしましょう。

Forrestalの式で見た通り、材料を動かすと、それに比例して$\frac{1}{2}\rho v^2$の圧力が生じます。
侵徹体と標的の界面(移動速度$u$)に着目すれば、侵徹体が$v-u$の速度で次々に界面に押し寄せているわけですから、
$$\sigma_{\rightarrow} = \frac{1}{2}\rho_p(v-u)^2$$
となります。また、侵徹体は自身が$Y$の強度を持っているとして、$\sigma_{\rightarrow}$は$\sigma_z$と同じように
$$\sigma_{\rightarrow} = Y+\frac{1}{2}\rho_p(v-u)^2$$
と置いておきます.

侵徹中期

さて、ここから$u$の加速度$\dot{u}$を求めてみましょう。$u$の加速度は、低速度侵徹でいう$\dot{V_z}$に相当します(低速度侵徹では$v=u$なので)。右向きを正とすれば
$$ \begin{eqnarray} \dot{u} &=&\sigma_{\rightarrow} -\sigma_z &=&Y+\frac{1}{2}\rho_p(v-u)^2-\left(\frac{2Y}{3}\left(1+\ln{\frac{2E}{3Y}}\right)+\frac{1}{2}\rho_t u^2\right)\end{eqnarray} $$
となります。$\dot{u}$を直接解いてもいい(簡易的なAWモデル)のですが、ここでは、この式が時間発展した時の$\dot{u}$の振る舞いを考えてみましょう。

$\sigma_s, Y$が速度に依存しないなら、$\dot{u}$は$u, v$の関数となります。今、$u$が減速すると、$(v-u)^2$が大きくなり、$u$の減速は緩やかになります。一方で$u$が小さくなりすぎて$\dot{u}$が正になってしまって(なりませんが)加速するようになると逆に$\dot{u}$が負になるような変化となるので、結局十分長い時間ののちには、
$$\dot{u} = 0 =Y+\frac{1}{2}\rho_p(v-u)^2-\left(\frac{2Y}{3}\left(1+\ln{\frac{2E}{3Y}}\right)+\frac{1}{2}\rho_t u^2\right)$$
となります。$\dot{u}=0$は侵徹体先端速度$u$が変化しないということになりますが、これはまさに、図1の速度一定の領域のことを示しています。APFSDSのようなL/D比が大きな侵徹体では、まさにここで述べたような$\dot{u}=0$の領域が侵徹過程の大半を占めていることが知られています。
さて、$\dot{u}=0$となる侵徹体先端速度$u$は、上式が2次式であることから、解析的に解くことが出来て、
$$ u = \frac{1}{1-\mu^2} \Biggr(v- \mu \sqrt{v^2 +\frac{2(\sigma_s-Y)(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl)$$ $$\mu = \sqrt{\frac{\rho_t}{\rho_p}}$$ $$ A=\frac{2(\sigma_s-Y)(1-\mu^2)}{\rho_t} $$
を得ます。
これはベルヌーイの式とエロージョンを伴う侵徹の覚え書きで得られた形とまさに同じものです。
この式に、基づいて、侵徹を計算してみた結果を以下に示します(MBEが上式の結果を示しています)。
図4 各モデルで計算された侵徹体先端、後端速度

見てのとおり、両者のモデルは極めてよく一致しており、APFSDSのような高速度侵徹でも、侵徹の挙動にはCavity expansion analysisが極めて重要な役割を果たしていることがわかります。
ここで非常に注目されるべきことは、現代の高速度侵徹モデルであるAWモデルと、Forrestalの式に簡潔な仮定を加えて修正した高速度侵徹モデルが非常な一致を示すことです。

このことは何を意味しているのでしょうか?

これは、APFSDSのような高速度侵徹とAPのような低速度侵徹の間の本質的な差異とは、ユゴニオ弾性限界、衝撃インピーダンスや「流体としてふるまい(塑性流動)、相互侵食を起こして機械的強度を無視し、装甲を貫徹する。」といったことではなく、侵徹体が消耗するかどうかに起因することを意味しています。
侵徹体が消耗する挙動にこれらの要素が関わってきたり、斜め衝突での過渡的な挙動ではいろいろ難しい話があると思うのでいろいろあると思うんですが、まあ初手で出しても、よくわからないまま進むような気がしますね。
ちなみに、高速度侵徹のエネルギー効率高速度侵徹の侵徹効率低速度侵徹のエネルギー効率と同じ議論から、侵徹中に標的の強度が影響する割合$f_{R_t}$を、
$$ f_{R_t} = P(V_0)\times R_t(V_0)/W$$
と定義して求めると、以下のような挙動になります。APFSDS程度の高速度侵徹では装甲の強度はまだまだ重要なことがわかります(そうでないとセラミックスを使わないという話もありますが)。面白いですね。



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