2016年10月29日土曜日

魚雷気室の応力と鋼材の話

 先日魚雷の気室用鋼材について知らない?という話を振られたので夏ぶりに海軍製鋼技術物語を開いてみたり昔の報告書を読んでみたりしてました。で,記事にして公開してもいいよーと言われたので,公開しています。

今回の記事は@JagdChihaさんの魚雷の気室用鋼材と旧海軍の高張力鋼 - Togetterまとめ  に強く影響を受けています。

かなりやられている内容だと思うので、何も新しいところは無いと思いますが一通りググってネタ被りしていなかったのでまあいいかな、なんて思っています。ネタ被りしてたらすみません。

魚雷の気室がどういうものかは自体は自分は全然詳しくないのですが、端的にいえば、外部から酸化剤を供給できないので、魚雷内部に空気等の酸化剤を蓄えるための部屋、という理解でよいのでしょうか?魚雷の射程を伸ばすためには燃料にふさわしい量の酸化剤を供給する必要があり、それを実現するために空気を気室に高圧に供給する必要があったという理解です。酸素でも基本的には状況は一緒でしょうか。

まぁそんなわけでいろんな開発がなされてきたと思うんですが、高強度が必要という割りにはどれくらいが必要なのかよくわからなかったので、Japanese Torpedoes and Tubes-Article 1, Ship and Kaiten Torpedoesを読んでおりましたら、安全率の求め方が載っていました。日本は英国式の安全率の定め方をしていたようですが、基本的にはフープ応力で調べていたようです。フープ応力の定義を以下に示します。フープ応力は一定の内圧が円筒(気室胴体部)にかかっている時、円筒外周部が円周方向に受ける応力です。

フープ応力の定義(内圧の単位は圧力ならなんでもいいです)
応力ひずみ線図と応力の定義(降伏応力=耐力)

応力の定義を念のため示します。内圧や荷重など種々の負荷が材料にかかり、永久変形が起こる場合を考えると、単純には永久変形が生じる瞬間というのは構成する材料の一部に材料の強度以上が負荷された時になります。この、負荷という全体的な力に対して各部分に加わる力と、その材料が変形するか否かということを考える際に応力は非常に有効です(釈迦に説法だとは思いますが…)。

戦前海軍がフープ応力を用いて評価していたことがわかったので、それでは93式酸素をの気室の寸法を持ってきて生じるフープ応力を求めましょう。魚雷の気室は外径が610mm、板厚tが12mmなので内径Dは586mmになります。
93式魚雷一型の酸素気室圧力225 kg/cm^2(22.1MPa)を上式に突っ込むと540MPa、93式魚雷三型の200 kg/cm^2(19.6MPa)では478 MPaとなります。
海軍は負荷内圧で生じるフープ応力に対して安全率として1.5をかけていたので、それらに採用される鋼材は最大引張強度でそれぞれ810MPa, 718MPaが求められます。内圧を200気圧から230気圧まであげるだけで、要求される最大引張強度は100MPa以上上昇しています。よって、より高い気圧で酸化剤を入れようとするならばそれに比例して鋼材の強度の向上が求められたことがわかります。

そういうわけで終戦までに存在した魚雷の気室材の規格を海軍製鋼技術物語とから引っ張ってきて示しますと、以下のような表になります。

戦前魚雷用気質材として用いられた鋼種


開発時点における93式魚雷気室材の規格はV7であり、耐力は980MPa、最大引張強度は1.1 GPaと高い値となっています。鋼材組成の推移については興味深い点もありますが、熱処理が不明瞭なこともありここではおいておきます。ここで少し気になる点は、いずれの鋼種の最大引張強度も上記計算から必要とされる800MPaを有に超えている点です。静的強度で比較する限り、新規に開発する必要は別段ないように感じます。

 一方で、海軍製鋼技術物語にあるように気室材は繰返し荷重に耐えることが求められていました。この辺の理由についてよくわからんとぼやいていた所、@mitsukiさんから



と教えていただきました。
 このような運用で繰り返し内圧が負荷されるとき、静的強度だけでなく疲労破壊と呼ばれる現象が問題になってきます。疲労破壊というのは、耐力以下の負荷応力しかなくともその荷重が繰返し作用することで破断に至る現象です。これは基本的には、鋼材中の変形しやすい部分は耐力以下の応力でも変形することが可能であり、その変形が繰り返し作用することでわずかずつき裂が進展していくためと言われています。より正確を期して言えば、(一軸応力の場合)多数の結晶からなる鋼に荷重が作用すると、応力に対してより変形しやすい方向を向いている結晶粒は全体が降伏に達する前の応力でも変形することが可能であるためです。均質に調質されていてもこの状況は変わりません。介在物などは応力状態を変えるので疲労強度に影響があります(偏析に伴うMnS(ゴースト)や製鋼中に混入した酸化物(砂疵)とか)。

 戦前の鋼材について疲労試験を行った話を探すと陸軍航空技術研究所の人が1934年に鉄と鋼に投稿した特殊鋼の分離抗張力と疲勞による耐久力に就て(I)及び(II)が広く取り扱っていて勉強になります。筆者らの結果は様々なデータを異なる鋼種で試験を行っており、なかなか整理しにくいところがあるものの、1930年代には表に出すことができる形で疲労の研究が行われていることを示しており興味深いです。また,先述のように海軍でも魚雷気質材の鋼鈑に対して繰り返し押力を負荷して破断回数を求めています。

 ただ、戦前の疲労試験は主に衝撃荷重を用いて行っていたり,海軍製鋼技術物語の試験では応力は簡単にはわからなかったり、なかなか実際への適用は難しいところがあります。そこで戦後行われた研究を用いて当時の鋼材を概観してみたいと思います。呉で行われていた疲労試験は1000回以下の繰り返し数であり、普通は低サイクル疲労と呼ばれる領域に当たります。以下に高抗張力鋼の低サイクル疲労強度から作製した焼戻し温度を変えたNi-Cr-Mo-V鋼の破断強度-繰り返し負荷数の図を示します。また、図中実線は平滑な丸棒試験片を用いた疲労試験、一点鎖線は切り欠き付きの丸棒試験片の結果です。破断伸びは310度焼戻しで13%, 650度焼戻しで17%,絞りはそれぞれ51%,61%です。

破断応力と繰り返し数の関係

 この図から二つのことがわかります。一つは平滑試験片であれば1000回程度の繰り返し数までは一定の強度を維持し、また10万回程度までは高強度な310度焼戻し材は650度焼戻し材より高い強度を維持すること、もう一つは切り欠きがあるとその応力は100回程度の繰り返し数から現象を始め、310度焼戻し材の強度は繰り返し数が増えるとともに大きく減少することです。
 つまり、欠陥がなければ低延性高強度な材料も高い疲労強度を示しますが、欠陥があれば繰返し荷重のもとでは低延性な材料は静的強度が低い材料よりも弱くなることを示しています。切り欠き試験片ほどの明瞭な切り欠きというのは実際には魚雷気室円筒部には存在しませんが、製鋼過程で生じるゴースト)や製鋼中に混入した酸化物(砂疵)はこのような切り欠きとして作用します。

 以上のことを踏まえて再び設計応力に戻ってみます。Japanese Torpedoes and Tubes-Article 1, Ship and Kaiten Torpedoesには、魚雷気室に繰り返し内圧を負荷したときの結果もあり、それによれば負荷内圧25 MPa(フープ応力610MPa)に1000回程度耐えれば満足だったようです。
 一軸応力とフープ応力を純粋に比較することは危険ですが、これはV7の最大引張強度である1.1 GPaから500 MPa程度減少した値となっています。V7は従来の鋼種と同等の延性靭性を確保していますので、乱暴に破断強度-繰り返し負荷数の関係が最大引張強度に比例し形状を維持すると仮定すれば、従来の最大引張強度950MPaの鋼種では1000回での破断応力は450 MPaとなり、これは93式酸素魚雷の気室内圧から生じる478MPaを下回ります。

 このように考えると、V7の要求仕様はなるほどと思うところがあります。(疲労は全然詳しくないので的はずれな議論だったらすみません)
 なお,海軍製鋼技術物語中で海軍がアメリカの魚雷気室材を調査した所、V7に比べて100MPa程度強度が低かったが問題がなかったことを述べていますが、これはこの辺の疲労に求められる要件が違うからだと思います。戦前のアメリカのNiCrMo鋼の溶接部が果たして健全だったかと言われるとリバティ船の例をみても,ちょっと信じられないところがあります。

 以上は機械的な観点からの話ですが,少しだけ鋼種の組成について触れてみます。従来の鋼種は基本的にはNi-Mo鋼あるいはNi-Cr-Mo鋼です。ここで重要なのは初期には焼戻しで高い強度を得るためにCrではなくMoを選択している点です。
 これは当時の魚雷気室材の研究の流れが強度を重視しており、焼入れ性や表面硬さ、靭性を意識していた装甲材のNi-Cr鋼とは異なる流れだったことを意味しています。そしてこの流れが極まったものがV6ということになるでしょう。しかしV6は高価なNi,Moを従来鋼種に比べて多量に含んでいたため、これらの節減が求められた結果現れたのがV7となります。
 V7の組成について特筆すべき点として、Cuの添加があげられます。Cuはフェライト中にほとんど固溶しないため、焼戻し時に析出し強度を向上させます。
 V6,V7の開発にはCu添加Ni-Cr鋼であるCNC甲板の開発に関わった佐々川清が関わっており、また開発も同時期であるため、両者は同じ考え方に基づいてCuが添加されたものと考えられます。その意味で、似ているようで異なる流れで開発されてきた装甲材と気質材がCNCとV7で一部合流するというのは楽しいですね。
 V8以降は資源節約のために更にNi,Moを減らしていますが、機械的特性は厳しい状況だったようで、疲労試験の結果も戦争後期には悪化していたようです。

最後に、魚雷の気室用鋼材の耐力がやたら高い点について少しだけ。

 鉄は組成と同じくらい熱処理も重要です。特に焼戻し温度と時間は機械的特性に大きな影響を与えます。フランスの圧力容器用高張力鋼板のCLARM HB7の焼戻し温度と強度、延性、靭性の図を示します。

HB7の機械的特性と焼戻し温度の関係

この図から明らかなように、強度は焼戻し温度600度程度から急速に減少します。これは鉄の再結晶温度がこのあたりにあり、この温度以上では焼入れ時のマルテンサイト組織が崩壊し始めるためです。そこで、高い強度を得たければ600度以下、靭性と強度のバランスを維持したければ600度以上が良いということになります。
 実際、V7は580度で焼戻しされて耐力は1GPa以上ですが、VH甲板などは650度で長時間焼き戻される結果,耐力は500MPa程度です。これは耐力と最大引張強度の比で見るとさらに顕著です。
 図のように焼き戻し温度が低温なほど強度は上がるのですが、500-550度で焼き戻すと著しく脆化するため普通はこの温度では焼き戻しません。なので強度がほしければ550-600度、靭性も欲しければ600-650度(Ac1点以下)という風に普通はなっていると思います。
 後は製鋼プロセスの発展で介在物が減ってみたりVを添加してみたりしながら靭性を稼ぎ始めると現代的な鋼種に近づくように思います。戦前の装甲材のシャルピー衝撃試験の結果と現在の3.5NiCrMoV鋼を比較するとその発展がよく見えます。

以上です。
疲労という観点で整理すると高強度材の開発が必要な理由がなんとなくですがつかめそうという話でした。

2016年10月22日土曜日

フランスの原発の鋼材が炭素偏析で強度不足の可能性な話。

お世話になっています。鹿部です。
8月末から9月初めに掛けて
仏原発の原子炉鋼材、強度不足の懸念 国内の調査指示へ:朝日新聞デジタル
強度不足疑いのメーカー製鋼材、8原発13基で使用  :日本経済新聞 
のような報道がありました。

この初期の一連の流れは、@hebotantoさんが@Ton_beriさんなどのツイートをまとめられた@2016/09/05 鍛造と炭素偏折と(メモ) - Togetterまとめ がよくまとめられているように思います。
この報道の初期にはフランスのクルゾフォルジュ社(クルゾ社)が製造した一部の部材にこのような問題が見られ、国内の一部メーカーも同様な手法で製造を行っているため、同様の問題が生じている可能性があるため調査を行うという話でした。

その後、今週に入って原子力規制委員会の委員会で再びこの件が議題に取り上げられたことで、以下のような報道がなされました。
仏原発5基の検査前倒し 強度不足の疑い  :日本経済新聞 
仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委:朝日新聞デジタル 
玄海原発などの圧力容器 強度不足「可能性低い」|佐賀新聞LiVE 
朝日新聞は大きく出たな、という見出しですが、実際のところはどうなんでしょうか?

これについては原子力規制委員会から問題の日本鋳鍛鋼自身がデータを示しているのでそれを参考にするのが良いように思います。
第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等について

一度、問題の整理をします。
今回問題になっているのは、フランス国内の原発についてクルゾフォルジュ社(クルゾ社)及び日本鋳鍛鋼が製造した蒸気発生器の下鏡(下図青い部分)と呼ばれる部材です*。

このような大型部材を製造する際、大型の鋼塊を一度作り、それをプレス機で鍛造を行うか、圧延機で圧延するかという二通りの方法で作られます。今回問題になっているのは、この鍛造品を作る際に、原料鋼塊中の炭素濃度にムラが生じ、それが強度を下げているのではないか?という点です。

炭素偏析と強度不足について一度整理をしておきたいと思います。
炭素偏析は言葉から察すると溶鋼中の炭素濃度のムラのような印象を与えますが、実際にはかなりまとまった分布をもって生じることが知られています。代表的なものを以下の図に示します**。この図は鋼塊の模式図であり、中に+及び-が書き込まれています。この+や-は溶鋼の成分分析値から炭素などの成分がどのようにずれるかを示しています。
今問題になっている偏析は図上部の鋳型の注ぎ口近辺に生じる偏析で、その他の偏析は問題になっていないのでここでは無視します。
 この偏析が生じる理由はジュースを凍らせる話がよく例に出されます。水に塩や砂糖などを入れると融点が下がりますが、このような添加物を含む水を凍らせると、まずは一番融点が高く凍りやすい添加物をあまり含まない氷ができます。すると、氷に含まれなかった添加物は凍っていない水の方に排出されますので、水のほうの添加物の濃度は少し上がります。途中まではこれは水の対流により均されて大した問題にならないのですが、固まる最後の段階ではどうしても添加物の濃度が高いまま凍る事になります。これの水を溶鋼、添加物はC、Ni、Crなどに置き換えれば今回の問題に大体通じます。
 さて、そうして炭素偏析により炭素を多く含む部位を有する鋼材が出来たわけですが、この鋼材について強度不足という表現を用いるのは違和感があります。普通炭素量が多くなれば強度は上がります(例えば針金とピアノ線の違い)。そこでもう少し適切な表現を探すなら靭性不足という表現が適切なように思います。靭性の定義は色々あって難しいのですが、ここでは衝撃が加わったときにどれだけ衝撃に耐えられるか?という視点で考えるのがいいように思います。これを評価する試験にシャルピー衝撃試験というものがあり、この尺度で炭素偏析のある部材の機械試験結果を見ると、たしかに炭素偏析偏析が生じた部材に問題があることがわかります**。


以上を踏まえて第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等についての日本鋳鍛鋼(JCFC)の資料について見てみます。ちょっとスライドの順番から外れるのですが、JCFCがこの偏析についてどのように評価しているのかを示す図を以下に示します。

スライド中央のモデルは鋼塊の模型であり、上部の押湯という部分は凝固に伴う凝固収縮が製品部に入らないよう設けている部分です右のグラフはモデルが凝固する際の炭素濃度の変化を示しています。一番上が鋼塊最上部、一番下が最下部です。凝固は下から上に進むので、60%凝固したあたりから炭素濃度が増加することがわかります。これだと少しわかりにくいので、JCFCのスライドから、典型例として玄海2号機向け蒸気発生器上蓋の実績を見てみます。左側図が鋼塊模式図で押湯部、押湯中偏析部と切り捨て部が網掛けで示されています。中央図は鍛造材と仕上がり寸法の模式図をであり、図右側はこの鋼塊に生じる炭素偏析の計算結果と、実際に使用した部位(網掛け部)を示しています。
この図からわかるように、玄海2号機の上蓋は炭素偏析が十分小さくなった部位を用いて製造されていることがわかります。国内向けについてはいずれも同様であり、佐賀新聞の玄海原発などの圧力容器 強度不足「可能性低い」は妥当であることがわかりました。

 では、朝日新聞の仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委はどうでしょうか?スライドの最初に戻ってフランス原発向けSG水室のスライドを見ます。

こちらの製品は確かに指摘通り多くの部分が炭素偏析が生じる領域を含んでいます。鋼塊のサイズは先程の国内向けに比べて半分程度の120t鋼塊であり、使用されている原発のサイズ感はわかりませんが、国内向けに比べて余裕のない設計になっています。なぜ日本鋳鍛鋼はこのような余裕のない設計をしてしまったのでしょうか…。
これはスライドにも書いていますがなんてことはない、「製造当時顧客から製品頂部に対する製品分析の要求はな」く、「RCC-M規格に準拠した顧客要求仕様書に規定される製造プロセスおよび検査項目・基準に適合するための製造検査要領書を提出し、顧客の承認を得て製造を開始した」ためです。

まぁ…あれですよね…フランス側の責任ですよね…。
ちなみにこの規格は「2005年に改訂され」(仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委)、その結果JCFCの製品が規格に適合しなくなったという話だそうです。なんで朝日新聞はタイトルがそれで中にそんな重要なことを書いているんですかね…。

ちなみに、フランスの原発におけるこの部位の製造者はクルゾ社、JCFC、日本製鋼所(JSW)の三社ですが、JSWの鋼塊については問題視されていません。そこでJSWの鋼塊の実績を見てみます*。
偏析の基準値以上が全て押湯部に収まっていてちょっとびっくりしますねこれは。

以上です。

*第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等について
**「フラマンビル3号機(EPR)におけるRV材料(上蓋、下鏡等)の鋼材組成に関する問題」

2016年10月6日木曜日

セルフシャープニングの覚え書き

お世話になってます。以前ツイッターのほうで装甲材と砲身材の違いについてかくかーとか行ってたんですけど、おもったより需要が機械的性質よりだったのでどういうのがいいのか考え中です。

今回はセルフシャープニングについて調べてたら面白かったので,一度まとめる意味でメモ書き程度の内容です。

セルフシャープニングは、劣化ウラン(DU)の高速度衝突で生じるものが特に有名です。セルフシャープニングは高速度で起こるせん断によって形状が先鋭化する現象について名づけられたものですが、材料の変形挙動としては、Adiabatic shear、 断熱せん断と呼ばれるものに基づいて起こっているそうです。

断熱せん断の特徴はせん断荷重を受ける部位のみが集中的にせん断変形を起こしそれ以外の部位はほとんど変形を起こさないところにあります。断熱せん断という意味は、高速度衝撃では極めて短時間のうちに現象が終了するので塑性変形により生じる加工熱はその外側にほとんど伝熱せず、断熱過程で生じるためのようです。断熱せん断過程ではこのせん断部位に断熱的に起こる発熱が強く関わっているので、今回はそれを見ながら考えて見たいと思います。

まず、塑性変形が局所的に生じる現象について外観したいと思います。断熱せん断に限らなければ、塑性変形が局所的に生じる物質は身近に存在しており、軟鋼がそれです。そこで、軟鋼の応力ひずみ線図を以下(Wikipedia)に示します。応力が上降伏点(PeH)を超えて降伏点減少が起きると試験片にはリューダース帯を生じますが、このリューダース帯が試験片を横断するまで塑性変形はリューダース帯境界にのみ集中して生じます。これは未降伏な部分の変形に要する応力が上降伏点だけ必要なのに対して、降伏済み(リューダース帯境界部)の変形には下降伏点(PeL)だけでよいため、自然に理解される事柄だと思います。
軟鋼の応力ひずみ線図

変形の局所化という意味では、応力ひずみ線図の最大引張強度(Pm)を超えた後の変形も同様に局所化しています。これについて少し考えてみます。一軸引張りを受ける試験片が降伏すると加工硬化(変形と共に強度が上昇)します。一方で、縦に伸びた分だけ試験片面積は減少するので、全体が均一に変形するためには、そのひずみにおいて少し伸びたときの応力の増分と掛かっている応力とが釣り合うことが不可欠です。この関係が成り立たなくなった時、試験片のある箇所に変形が集中することになり、その部分のみがどんどんと伸び、断面は減少していきます。この場合試験片はネッキングを生じ、ネッキング部に変形が集中します。

何にせよ、ひずみが律速する過程においては加工に伴う硬化が付加される応力よりも下回った時、変形の局所化が生じることになります。 

高速度変形では、この応力と加工硬化との釣り合いの関係に、塑性変形により生じる発熱が加工部に蓄積するという要因が加わります。塑性変形が生じると、それに伴って生じる熱量によりせん断変形部の温度は上昇します。高速度変形では、生じた熱が拡散する伝熱速度に比べてひずみの蓄積のほうが圧倒的に高いため、熱は外部に逃げることなく、断熱的に進行します。よく知られているように、ほとんどの金属材料は温度が上がると軟化するため、塑性変形とともに材料は軟化することになります。一方で、ひずみの進行とともに加工硬化も生じるので、このような変形下で軟化が生じるかは両者の兼ね合いとなります。これらの影響を与える式をまとめて示すと、以下の式になります。


先程の議論から、塑性変形の局所化は最大応力を示すひずみ量(上式=0になるひずみ量)で生じます。この状況が達成された時、材料は断熱せん断によって変形します(という理解です)というのがざくっとしたAdiabatic shearの解釈になるのかな、と思います。右辺第一項は加工硬化、第二項は応力のひずみ速度依存性、第三項は応力の温度依存性を示しているので、この3つを調べれば判定できるということに一応はなります(Rechtは別のを提案してますが、まぁ…)
これを前提に劣化ウラン弾とタングステンの動的強度と温度依存性を調べて比較してみたんですが意外に系統立てて説明できなくてちょっと困ってます。なにかあるんでしょうね。ウランは高温で軟質相に相変態すると説明しているのがあるんですが、1 μs以下のスパンで相変態するのかな?と思ってちょっと不思議に思っています。拡散による変態なのに変態速度が鉄のマルテンサイトが成長する速度よりも早くなってしまうような気がします。
一方で、変形が必ず局在化する金属ガラスという変わった材料もあり、これは少しだけ調べられている形跡があります。また、セルフシャープニングを起こさないと言われるタングステンでも、製造プロセスによってはセルフシャープニングを生じるようになると言われています。このあたりの議論は基本的にはAdiabatic shearに基づいて議論されているので、この辺を踏まえていると読みやすくなるのかな、と思います。


ただ、セルフシャープニングが効果的なのは弾着時の速度が1000~1500 m/sの領域で、それ以降ではタングステンとの差が縮まってくるようなので(例えば、High Velocity Performance of a Uranium Alloy Long Rod Penetrator, Fig. 6, 7)、砲弾の火薬の性能が上がってくるとあんまり重要じゃなくなってくるのかもしれませんね。現象としては面白いですががが。

2016年8月19日金曜日

120 mm滑腔砲の砲身材のちょっとした話。

お世話になっております。鹿部です。

夏コミも終わって一段落したので、しばらく書いていなかったブログをたまには書くかと一念発起して書いています。
今回は雑談気味の雑な記事です。(いつも雑なのはさておいて

砲身材ってすごいですよね。強烈な内圧が動的荷重として付加されるのに破壊を起こすことなく寿命を終えるまできちんと機能するのは偉いです。発射時に掛かる内圧ですが、Insensitive Propulsion Systems for Large Caliber AmmunitionによればDM63で最大550 MPa、DM53で室温付近で最大570 MPaだそうです。
となると、砲身に用いられる材料はこれよりも強く、しかも衝撃にも強い材料でなければなりません。Army Targets Age Old Problems with New Gun Barrel Technologies曰く、これにはASTM規格で言うA723が使われているようです。まぁ詳しい規格の値はこのリンク先でも見ていただくとして、ざっくり0.34C-3Ni-1Cr-0.4Mo-0.1V鋼で焼ならし-焼入れ-焼戻しされた鋼という感じのようです。機械特性の実績については、Mechanisms and Modeling Comparing HB7 and A723 High Strength Pressure Vessel Steelsに実績値として、0.2%耐力が1170 MPa, 最大引張強さが1200 MPa、降伏比(耐力/引張強さ)が0.975、全伸びが16%程度の鋼材になるようです。

ぱっと見て気がつくのが、降伏強度と降伏比の高さです。組成がかなり似た低圧タービンローター材では降伏強度が800 MPa, 降伏比は0.8程度で(鉄と鋼)、A723材に比べて低めの値になります。そういう視点で見てみると、A723は材料的な言い方をすれば、焼戻し後も再結晶は起こっていなくて、マルテンサイト由来の組織を残しているんだろうなという印象を受けます。つまり、焼戻し温度はタービンローター材に比べて低い、って言うわけですね。さて、そういうわけで、A723の焼戻し温度を種々変化させた文章を探しますと、例えばこういう報告があります。この報告が言うところはもっと深いところがあるんですが、それはさておき、Fig. 2-5,13あたりからどうやら590℃くらいで焼き戻しているようだということがわかります。

じゃあこれをもっと強くするためにはどうすればいいか?というと二つ手段があります。一つは組成を変更してよりよい組成を見つけること、もう一つは熱処理を変更することですね。もちろんそれにともなって最適熱処理条件、最適組成は変化するとは思うので、どちらを主眼に置くかということになりますが。
アメリカはMechanisms and Modeling Comparing HB7 and A723 High Strength Pressure Vessel Steelsで熱処理を変更して強度を底上げしたA723 HS材を試作していますが、これは降伏強度が上がっている一方で降伏比は下がっていることと先ほどの報告から考えると、どうやら焼戻し温度を下げていそうだぞ、ということがわかります。フランスのHB7は組成も変化させているので両方最適化していそうですね。こっちはまだ調べていないので詳細はわかりませんが。

じゃあ日本はどうなんでしょうか?
日本のMBTの主砲はJSWが製造しているので、調べれば出てきそうですが、JSW技報を漁ってもなかなか該当しそうなのはありません。
ひとつ、JSW技報, 50(1994), pp. 15-21に高度超高圧圧力容器用材料の開発と材料特性という記事があります。イントロダクションでは低密度ポリエチレン製造装置に触れて200MPa~250MPaの内圧が負荷される圧力容器が重要だと述べているんですが、実験では突然内径135mm、外径392mmの円筒を用意して650~800MPaの内圧を負荷しているので、これは戦車主砲用の記事なのかなと自分は解釈しています。

これを読むと、JSWは圧力容器用高強度部材として新規合金組成を用いて試験を行っていることがわかります。試作材は2種類あり、一つは炭素量を0.1%増加させたもの、もう一つはMo量を0.4%から1%にしたものの二種類です。これを以下に示します。
試作されたこれらの機械的特性は以下のとおりです。
このように従来と同等の靭性を確保しながら降伏強度を200MPa向上させています。熱処理については特に触れられていないのですが、降伏比や伸びを見ると従来通りのところなのかなと思います。もしかしたらちょっと低めかもしれません。き裂進展挙動も比較しており、これらの開発材は降伏強度が上昇しているにもかかわらずA723と同程度のき裂進展速度に抑えられているようです。
機械的特性はMo量を増やした開発材Bのほうが炭素量を増やした開発材Aに比べて優れているのですが、溶鋼の比重差が大きくなり偏析が生じやすくなるため、大型部品には開発材Aのほうが優れているようです。
では、疲労寿命をA723,A723HS, HB7, JSW開発材Aについて比較してみましょう。前三者については、初期き裂長さ0.3mm、負荷内圧700MPaとし、自緊率を変化させた時の推定される寿命の変化を、JSWは初期き裂長さ0.5mmとし、負荷内圧を変化させた時の推定される寿命の変化を示しています。JSWのものについては自緊率がどれくらいかは書かれていませんでした。また、自分が疲労寿命予測について詳しくないので、詳細な条件の差については無視しています。

図1 A723、A723HS、HB7の700MPaの内圧に対する推定寿命
図2 開発材Aの負荷内圧についての推定寿命

興味深い点は2点あり、一つは700 MPa/725 MPaでの推定寿命を比較すると、開発材Aはより新しいHB7よりも優れた寿命を示すこと、もう一点は負荷圧800 MPaという厳しい条件下でもA723の負荷内圧700 MPaにおける寿命よりも優れた寿命を示すことです。これは、この開発材Aは800 MPaという高い内圧でも従来と同等の寿命を有すると見てよいように思うんですがいかがでしょうか?

最後に、より高強度を目指す際の問題点について考えたいと思います。より高強度を目指そうとする時、組成を変えなければ低温での焼戻しを行う必要がありますが、Ni-Cr鋼は550℃付近での焼戻しにより著しくその靭性を失います(焼戻し脆性)。これを避けるためには、Si、Mn、Pを徹底的に下げることが必要になります。そのため、開発方針としては、焼戻し脆性を避けるために低Mn、Si、Pで且つ強度を向上させるC、Mo、V(あるいはCr等)の添加量を増加させ、焼戻し温度を下げる、などが考えられます。
この観点から開発材の組成を見てみると面白いかもしれません。

2016年8月15日月曜日

夏コミお疲れ様でした&幾つかのお願い

鹿部です。
 C90お疲れ様でした。筆不精なもので、宣伝の全てをツイッターでしており、こっちではC90の話をしていませんでしたが、以下の様な本を出しておりました。

 ちまちま宣伝していただけなのですが、なんの因果かかなりの数をRTしていただいただけでなく、まとめにも入れていただいたお陰で、当日は販売開始後1時間で取り置き分を除いた60部程度が一時間程度で掃けるという大変な盛況でした。ありがとうございます。しかし、その一方で、自分が初参加で適当に艦これジャンルにしてしまったせいで、購入に来られた主にメカミリの皆様には迷惑をお掛けしました。やっぱりこの本はメカミリですかね?また、その後もスペースに来ていただける方も多くおられました。純粋に自分がサークル初参加なところもあり、ピコどころかフェムトサークルと思い十分な量を用意したと思ったのですが、完全に読み違えておりました。申し訳ありません。

 さすがに心苦しいので、2つ手段を用意したいと考えております。一つはダウンロード販売で、こちらは既にPixivの派生のBOOTHにて公開しています(リンク)。一方で、同時に再度印刷をかけて委託+(通れば)次回冬コミに持ち込みたいと考えています。いますが、どんくらい需要あるのか本当に見積もれないのでまたアンケートに頼ろうかと考えています。在庫抱えてこそ同人みたいなところあるかと思いますが、かといってそれは本望ではないので…。いや、初参加で70部は相当冒険したつもりでした…。
というわけで以下のアンケートよろしくお願いします。
 
というのがこの記事の本題ですが、以下にちょっとしたお願いを。
 今回、自分が書いた内容は、エピソードや経験談を極力排除して、金属の基本的な観点(知識ではなく)から呉海軍工廠製鋼部の設備、大和の装甲の組成、プロセスを理解することを目的としました。用いている知識は金属を考える上ではどれも基本的なもので、一章にそのイントロダクション的な役割を持たせたつもりでした。が、既にようわからんという声をいくつか貰っており、反省しきりです。
 もしよろしかったらわからんところをどうわからんかったのか教えていただけると、次回以降の参考になりますのでよろしくお願いします。@c_curve1870に適当に投げてくれたら嬉しいです。金属やってると他の見方がわからなくなってくるんですよね…。
 ちなみにざっくり読みたかったら2,3章+5章+6章+あとがきのようなものがおすすめです。4章をきちんと読もうとすると1章を読む必要があるかもしれません。後、各章の最後にコンクルージョンをつけているのでそこだけつまみ読みしてから読みなおすのもおすすめです。


以下余談です。
 自分はほんとにわかなので、船全体というよりは戦前の海軍の製鋼技術についての興味で動いており、従来の議論はあまり踏まえていないと自覚しております。なので今回の本の内容が旧態然とした議論でしたら申し訳ありません。基本の底本は堀川一男の海軍製鋼技術物語だったりNathan OkunのHPだったり鉄と鋼だったりします。堀川一男の海軍製鋼技術物語と続・海軍製鋼技術物語は購入して以来相当お世話になっていますが、正直なところ行間があまりにも広すぎて正確に拾いながら読むのがかなり困難です。全部をきちんと踏まえながら読むのは金属系の院卒でも厳しいように思います(自分は鉄が専門でないこともあって今でも厳しいです)。一方で、書かれている内容は呉海軍工廠製鋼部の特殊鋼製造の技術を網羅的に書いており、非常に貴重な資料であることは間違いありません。
 というわけで、そのような貴重な資料から戦前特殊鋼製造についてメタラジーとしてどうなのか見たら面白そうだなと思ったのが駆動力です。そのため金属のバックグラウンドに基づいて当時の理解について見ることが主目的であり、その目的には大和の装甲というのはそのプロセスから白目の対処法まで余すところなく利用できる最適な話題でした(なのでメカミリにするのがちょっとはばかられました)。この目的のために上にも書いたようにできるだけエピソードを入れることを避けました。延々と金属の議論が続き退屈に思われるかと思います。申し訳ありません。個人的に大和の装甲に纏わる話はあくまでも金属の話題であって、個々人のエピソードや経験談で終わるものではないと思ったからです。これは率直に言って偏見なのですが、エピソードを入れるとその辺りの話がわかりやすいエピソードとして消化されて終わるんでないかと考えたためです。製鋼技術の話はある程度一般性があるので、その他の製鋼関係に容易に敷衍することができます。例えばニセコ鋼鈑(ニセコ法)はつまるところ球状化セメンタイトをうまく作り、いわゆるソルバイト組織をうまく作るための手法でしょ?で数ページで収めることが出来ます。このようにある程度一般性があり様々な展開が考えられこんなにも面白い話題を単にエピソードとして消化されると悲しいので、前提知識のイントロダクションをつけ、その筋にしたがって行うようにしました(うまく行ったかはともかく)。
 戦前日本の製鋼技術は技術的な孤立に伴い、諸外国の技術の進展にラグをつけながら独自の手法でもって大型化、高性能化を行おうとしました。種々の分野でそのようなことが起こったのかと勝手に思っておりますが、基礎的な知識を以ってその界隈の知見の範囲を見ることで、関連する広い範囲の知識をよりよく咀嚼できそうで面白そうだなぁと個人的に思っています。というわけで多分今後もそんな感じのちまちま作っていきたいと思っています。

次はNS110か日米装甲材の機械的特性比較?なんて思ってますけどどうしようかなぁ。

2016年4月21日木曜日

NS110って、他と変わってませんか?

 流石に2ヶ月に一回とかは頻度少なすぎると思うのでもうちょっと頑張っていきます。
 前回は昔のニッチなところだったので今回は最近のニッチなところにフォーカスしたいと思います。

はじめに


 今回の記事の出典の多くは潜水艦用高張力鋼 NS鋼について(後編) & オーストラリアが日本の潜水艦技術に興味持ったワケ(dragoner.ねっと)様の記事を多く参考にしました。特に組成の表は書く上で非常な参考になりました。この場を借りてお礼申し上げます。

まずは規格から


 さて、何はともあれ、ざくっと、日本が潜水艦用高張力鋼として使用しているNS80,90,110の組成及び機械的性質を以下の2表に示します。(いずれも規格値を板厚とかを無視してまとめたものです。


NS80,90,110の組成(規格値)

NS80,90,110の機械的特性(規格値)


また、この機械的特性を耐力について各国潜水艦の高張力鋼まとめwikiにあります潜水艦用鋼材の動向に上書きする形で書きますと、以下のようになります。


アメリカ及び日本の潜水艦用高張力鋼板の強度推移

NS110の耐力が、より規格の数字が大きなHSLA130の耐力より高いのはアメリカがヤード・ポンド法を採用していてksi(klbf/ in^2=6.89MPa)を用いている一方で日本はkg/mm^2(9.8 MPa)を用いているためです。(ヤード・ポンド法やめてほしい

 そんなわけで、日本の潜水艦用高張力鋼は耐力の面において世界トップの値を有していることは広く知られていますが、組織の面の話はあまりみない気がします。そこで、今回はそんなNS110の組成から類推される組織の話ができれば、と思っています。今回NS80,NS90は規格を読む程度で全然調べていないのですが、一般的なNi-Cr-Mo系調質鋼の前提で話します。

組成について


まず表1を見るとNS80,90とNS110の間には組成、特にNiが飛躍的に増大しています。組成と強度の比例関係を見ることはあまり意味が無いのですが、NS80からNS90ではNi量が1 wt.%程度の増加にとどまっているのに対し、NS90からNS110への20 kg/mm2の変化では実に5 wt.%増加しており、降伏強度の増加量に対して倍の変化量になっています。さらに、NS80からNS90では炭素量が増加し、焼き戻し時に炭化物を形成し降伏強度を向上させるMo量も増加しているのに対して、NS110では、炭素量はNS90の<0.12 wt.%から<0.08 wt.%へとより低炭素量へ移行しつつMo量は倍近い量になっています。まぁ、規格がすごい幅もたせているので、規格値でみてもあんまり意味は無いと思いますががが。というわけで製造実績値を持ってきますと、以下の表になります。

NS80,90,110の組成(実績値)


思ったよりちゃんと組成幅の真ん中にいるなぁというのと、以下という指定が来ているC,V,Nbが規定値ギリギリまで来ているのが大変よいですね。

Nbの添加


 NbがNS110から追加されたのは、いわゆるマイクロアロイングと呼ばれるものを目的としたと考えられます。

 一般的なC-Si-Mn鋼では、熱間圧延過程において、Nbの微量添加は絶大な効果を鉄に対して発揮します。まず、圧延初期では、微量の固溶しきっていないNb炭化物が、圧延中に再結晶するオーステナイト粒をピン留めし、オーステナイト粒の粗大化を抑制します。また、再結晶温度以下まで温度が低下した中で圧延を行う際には、粒内に微細析出したNb炭化物が再結晶温度を上昇させます。再結晶温度が上昇すると、熱延中のオーステナイト(前回のγ鉄)中の格子欠陥密度が増加し、オーステナイト粒中のフェライト生成サイトを増加させます。更に、オーステナイト→フェライト変態時のフェライト粒成長による結晶粒抑制も果たし、フェライト結晶粒を微細化することができます。わかりやすいのは新日鉄のものづくりの原点(PDF)とかでしょうか。

 Nb添加に伴うフェライト粒の微細化は溶接を必須とする造船業界に多大なインパクトを与えました。溶接性は、基本的に添加される合金量が少なければ少ないほど良くなります。一方で、強度をあげるためには普通C量を増大させたりMn添加を行ったりと、合金元素を添加することが普通で、材料強度をあげようとすると溶接性が悪くなるというあちらを立てればこちらが立たずという状況にありました。しかし、一般的な範囲では、材料の降伏強度は粒径が小さくなれば小さくなるほど大きくなることが知られており、仮に結晶粒のサイズを従来と同じ組成で小さくできれば、溶接性をたもったまま強度を向上させることが出来ます。ただ、この鋼種は焼入れを行うために、フェライトが途中で析出することはないため、結晶粒微細化による強化という観点ではそれほど大きくはないと考えられます。しかし、熱間圧延中の動的再結晶に伴う結晶粒微細化の程度は、再結晶温度が上昇することで大きくなると考えられます。そのため、焼入れ時のパケットサイズや旧オーステナイト粒界を小さくできるので、靭性に寄与すると考えられます。

Vの添加


Vも同様な効果を持っていますが、固溶状態における再結晶温度上昇率はNbには及ばず、前述の効果はそれほど大きくないと考えられます。しかし、NbCの溶体化温度は極めて高く、0.05 wt.%程度ですでに1000度を超えるため、Nbのみでは炭化物の量を多くすることが出来ません。一方で、Vはそれに比べると緩やかで0.5 wt.%程度まで、溶体化温度は1000度に到達しません。そういうわけで圧延中に析出するMX炭化物の量を大きくするためにVを入れ、フェライト粒の成長を抑えつつ(?)微細炭化物による析出硬化の寄与を大きくしたのかなと思います。こういう鋼は1969年ごろにNb-V系で出ていたかと思います。
 このようにNS110鋼ではNb,Vの添加によるマイクロアロイングが用いられましたが、基本的に、このマイクロアロイングの効果を発揮させるためには圧延温度や圧延率、及び冷却速度の制御が重要であり、このような一連のプロセスを加工熱処理あるいは、英語の頭文字をとってTMCPと呼びます。NS110の規格には加工熱処理を用いても良いと書いてありますが、Nb,Vを添加していて加工熱処理を行わないのはありえないでしょう。

炭素とMo量の比較


 次に、炭素量について見てみたいと思います。炭素は炭化物による析出硬化の有用な元素です。本鋼種の成分のうち、炭化物生成元素としては、Cr,Mo,Nb,V,Feがあります。このうち、Mo,Nb,Vは強い炭化物形成元素で、Mo2CやNbC, V(C,N)などを作りFe3Cには固溶しないので、炭素量とこれら3つの元素について添加量のモル比を取るとそれぞれ、
f(Nb/C) = 1.84 %
f(V/C) = 35.5 %
f(Mo/C) = 162 %
であり、炭素に対して炭化物生成元素が過剰なので、セメンタイトは生成せず、圧延中に析出するMX炭化物および、焼戻し時に析出し焼戻し硬化を引き起こす代表的な炭化物であるMo2Cが、主たる析出硬化を引き起こす炭化物であることがわかります。一つ、疑問として残るのが炭素量に対してかなり過剰となるMo量です。焼入れ時の板厚依存性の低減や焼戻し脆性の低減など固溶原子としても優れた特性のあるMoですが、焼入れ性を向上させるNiが従来より多い割合で入っているにもかかわらず、従来鋼以上に過剰にするというのはどういう効果があるんでしょうか?海水環境中なので隙間腐食や孔食などの影響が大きいところですから、それを防ぐインヒビターとしての添加量を増やしたというもあるかもしれませんが、ちょっとすぐにはわかりません。

Ni量に伴う、状態図における変化

無拡散逆変態オーステナイトでできる組織


 さて、以上Nb,V,Moについて見てきましたが本題のNiについてです。NS110の規格解説7. 試験を読んでいると「強度強化機構として無拡散型逆変態オーステナイトを利用しているため」とあります。前回書いた記事に一度立ち返って考えてみますと、焼入れによって無拡散に(炭化物などの形成なく、母格子と一定の対応関係を保ちながら)マルテンサイト相へ変態するのが無拡散変態でした。その逆ということは、マルテンサイトと一定の対応関係を保ちながらオーステナイト変態を行うということになるかと思います。そのような述べた話として、逆変態によつて生じたFCCマルテンサイト低炭素低合金鋼の逆変態や無拡散逆変態オーステナイトを用いて熱処理することで低温用9Ni鋼の基礎となっている熱処理(の報告)とかがあります。

 このような無拡散型逆変態オーステナイトを生成するためにはある程度高温に保持する必要があります。規格を素直に読むと、この無拡散型逆変態オーステナイトを生成させる熱処理は焼戻しに対応しています。焼戻しに伴い無拡散に逆変態するオーステナイトは、マルテンサイトの格子欠陥を受け継ぎ高い転位密度を持ったまま冷却され、再びマルテンサイト変態を起こします。この逆変態はゆるやかに進行するようで、J.J. Kimの報告では600度100時間の焼戻し後も、焼戻しマルテンサイト中に存在しています。逆変態後は拡散に伴い、炭化物が微細析出しています。マルテンサイト由来の格子欠陥と焼戻しによる微細析出物の影響により、この焼き戻に伴い生成した無拡散型逆変態オーステナイト由来マルテンサイト(すごい用語です)は高い強度を有し、さらに周囲には焼戻しマルテンサイトが存在します。

状態図としてのNi量の特異性


上の段落は実のところ、無拡散逆変態オーステナイトという単語を見なければ鉄炭素系の焼戻しと大差ありません。最後に、以下の図を元に高Niマルテンサイト鋼の焼戻しについて考えて終わりたいと思います。

二相域焼戻し温度とγ中Ni量

 この概略状態図は鉄-Ni状態図だと思ってもらえればよいです。実線はα相(フェライト相)とγ相(オーステナイト相)の相境界で、実線の間はα+γ二相領域になっています。また、二相領域中に存在する点線は、マルテンサイト開始温度の組成依存性を示しています。前回の記事でお見せした鉄炭素系と異なり、共析反応がないために低温までα+γ二相領域は持ち来たされます。つまり、焼き入れ時の本来の平衡相はα+θではなくα+γということになります。つまり、焼戻しの進行とともに旧オーステナイト粒界やその他の粒界を分断するような形でオーステナイトが拡散に伴い通常の析出をします。この焼戻しを行う温度について考えてみましょう。

 ある温度T1で焼戻しを行う時、αと平衡するオーステナイト相のNi濃度は図中赤点になります。T1より少し高いT2点で平衡するNi量は少し減って青点の位置になります。マルテンサイト開始温度はNi濃度に伴って低下していき、ある濃度以上で(ある焼戻し温度T3以下で)マルテンサイト開始温度は室温以下になります。さすがに室温でオーステナイト相が残留しても強度の観点からは困りますので、NS110ではT3以上の温度で焼戻しを行っていると考えられます。その結果、マルテンサイトの構造を受け継いだ無拡散逆変態オーステナイトのマルテンサイトと、微細なα+炭化物と、粒界を分断するように微細に形成されたマルテンサイトからなる組織が得られ、優れた機械特性を持つNS110鋼が出来たと考えられます。

まとめ


まとめます。
NS80,NS90鋼は従来の焼入れ焼戻しによる調質鋼の発展形でしたが、NS110鋼は従来鋼に対し、高Ni量であり、新たにNbが添加されました。Nbはマイクロアロイングを目的としたものでありTMCPの適用を前提とした合金設計になっていることがわかりました。また、Nb,V,Moなどの炭化物形成元素は炭素量に対して十分多量に添加されているために、焼戻し時に析出する炭化物はMo2Cであると考えられました。Moは炭化物を形成しても多くが固溶していますが、海水環境中で隙間腐食や孔食などの影響が大きいところですからそれらを抑制するインヒビターとして添加されていることが考えられました。

Ni量の増大に伴い、NS110は室温まで平衡状態図のα+γ二相領域に存在することがわかった。この鋼種は焼入れ後焼戻しする際に、無拡散にオーステナイトへ逆変態することが知られており、これを冷却することで再びマルテンサイトに変態し、高い強度を得ることができる。さらに、焼戻し中にMo2Cを主とする炭化物が析出し、析出硬化も合わせて起きていると考えられる。最後に、α+γ二相領域で焼き戻すことで、拡散に伴い生成するγは焼戻し後の冷却に伴い再びマルテンサイトに変態する。

これらの熱処理によりα+炭化物+無拡散逆変態γ由来マルテンサイト+拡散逆変態オーステナイト由来マルテンサイトからなる組織になっていることが推測され、このために優れた機械的性質を示したと考えられます。

参考文献

書く上で本文中リンク記事及び以下の本を参考にしました。
谷野満, 鈴木茂. 鉄鋼材料の科学. 内田老鶴圃
牧正志. 鉄鋼の組織制御. 内田老鶴圃
小指軍夫, 制御圧延・制御冷却. 地人書館

2016年4月6日水曜日

VH鋼板の白目

お久しぶりです。もうちょい更新頻度あげられるかなと思ったんですが、ドライブ行ったり蒼き彼方のフォーリズムをやってたりしたらあっという間に2ヶ月経ってしまいました。だめだめです。

続・海軍製鋼技術物語を読んでてふと疑問に思ったことを今回は。
解決はしません。

知っての通り、日本で最も有名な戦艦である大和及び武蔵の二隻は世界最大の戦艦であります。

大和型は優れた防御力を有していましたが、その理由の一つとして最大410mm厚の舷側装甲板ですとか560mm厚の主砲防盾部、200mm厚のMo添加NiCr鋼製の水平甲板などが挙げられます。その設計とかその実際などは種々議論がなされているかと思いますが、個人的な興味は当時の特殊鋼製鋼にありますのでそこには触れません、というかほんとにわからないので触れられません。一方で、材料的な視点から見た資料はそれほど多くないように思います。いや、単純に調査不足と言われますと全くその通りです。

大和型の装甲で最も板厚を要求される部位には、イギリスのヴィッカース社より技術導入をしたヴィッカース鋼板の組成で浸炭を省略したVH鋼板と呼ばれるものが用いられています。具体的な組成はさておくとして、0.4C-4Ni-2Cr鋼と考えていて概ね良いかと思います。

この鋼板の製造プロセスあるいは、呉海軍工廠製鋼部の設備について詳しく書かれた本として海軍製鋼技術物語、続・海軍製鋼技術物語があります。筆者は戦中に東大冶金学科を卒業した後呉海軍工廠製鋼部で勤務し、戦後は日本鋼管(現JFE)取締役だった方で、1991年に日本鉄鋼協会で取りまとめられた「戦前軍用特殊鋼技術の導入と開発 : 旧陸海軍鉄鋼技術調査委員会報告書」の座長をされていました。

そういうわけで続・海軍製鋼技術物語は大変勉強になっているんですが、それを読んでいてVH鋼板のプロセスで疑問に思ったことがありました。

まず念の為に鉄-炭素平衡状態図を以下に示します。


JFE21世紀財団のものを使用させていただきました。

横軸は炭素の重量分率であり、縦軸は温度です。
ここで触れたいこととして、鉄は低温ではα相、高温ではγ相になり、それぞれ以下に示す結晶構造(BCC,FCC)を有します。δ相はα相と同様の結晶構造を有しますが、ここでは無視します。また、θ相はFe3Cという組成を持つ炭化物です。この状態図は各温度で保持した時の最も安定な相の構成を示しており、

1.炭素量が増えるとともにγ相単相の領域が低温側に拡大し、
2.炭素が添加されると低温でα相及びθ相の二相からなる領域ができる

ということがわかります。温度変化に伴うγ→α+θのような相の変化を変態と呼びます。

平衡状態図はあくまでもある温度で保持した時のものであり、冷却速度は考慮されていません。冷却速度が考慮されたものとして連続冷却変態線図(CCT)が、あるいはある温度の浴で焼き入れた後変態挙動を調べた等温変態曲線(TTT)があり、模式図を以下に示します。


横軸時間で縦軸温度です。

これはTTTに無理やり冷却を書きこんだものですが、図にかかれているように、α+θの変態が開始するよりもはやくγ単領域からマルテンサイト領域まで冷却することができれば、マルテンサイト単相を得ることが出来、この急冷処理は広く焼入れと呼ばれることは承知のとおりです。
さて、鉄炭素系のマルテンサイトはFCCの八面体位置に侵入した炭素によりマルテンサイト格子は伸長し、マルテンサイト組織には大量の格子欠陥が導入されるため高い降伏強度を有します。個人的な雑感なんですけど、マルテンサイトが出ると硬くなるという説明をするのとは逆に超弾性とか形状記憶合金とかのマルテンサイト変態が話される文脈をあんまり見ないんですけどどうなんでしょうね。同じ鉄のマルテンサイトでも加工性を高めるために使われるマルエージング鋼さんかわいそう。

とはいえ、大量の格子欠陥と格子ひずみを持つ鉄炭素系マルテンサイトはそのままでは伸び、靭性にすぐれないためにもう一段階処理されるのが普通です。次の処理は、温度をγ単相領域ではなく、α+θ領域(あるいはα+炭化物領域)で保持することにより、マルテンサイト中の過飽和な炭素が炭化物として析出し、強度-伸びのバランスに優れた高張力鋼を得ることが出来ます。この処理は焼き入れたものを再び戻すので焼戻しと呼ばれます。このような焼入れ焼戻し処理の温度プロファイルの典型例を以下に示し、今後これを用いた表示を用います。



さて、このような焼入れ焼戻し処理によって得られたα+θから構成される鋼と、γ単相領域から徐冷されることで得られるα+θから構成される鋼とでは、同じ構成相であるにも関わらず異なる強度、伸びを示すことが知られています。これは、焼入れ焼戻し処理によって得られたα+θから構成される鋼が以下の模式図のようにθ相がα相中に分散しているのに対して除冷によって得られた鋼は模式図(b)に示すような、α相とα相とθ相が層状になった粒を含むためです。


このような顕微鏡によって見られる相の分散状態などをざっくりとまとめる言葉として組織、あるいは微細組織という単語が用いられます。
つまり、同じα+θという構成相であるにも関わらず、焼入れ焼戻しされた鋼と徐冷された鋼の機械的特性が異なるのは、組織が違うため、あるいは微細組織が焼戻しマルテンサイト組織とパーライト組織と異なるためという事ができます。

前説が長くなりましたが、ここからが本題です。
海軍製鋼技術物語に書かれるプロファイルを書くと以下になりますが、当初の焼戻し温度で熱処理を行ったところ白目と呼ばれる欠陥が現れました。


当初の熱処理プロファイル

装甲に現れた白目の模式図。板中央部に白目が形成

白目は海軍製鋼技術物語にも書かれているように上部ベイナイト組織です。410mm鋼板は86tもある大型鋼塊ですので、油焼入れでは冷却に2時間程度かかっていたようです。ベイナイトは正直良くわからないので触れられません(Wikipediaが謎のまとまりかたをしているのでぜひ)が、パーライトが生成する冷却速度以上、マルテンサイトの上部臨界冷却速度以下の冷却速度で生じる中間組織です。ベイナイトは生成する温度で上部ベイナイト、下部ベイナイトの2つに分類することが出来ます。低温で生成するベイナイトが下部ベイナイト、高温で生成するベイナイトが上部ベイナイトと呼ばれます(議論のあるところですが)。下部ベイナイトは微細なθとαからなる均質な組織が得られる一方で、上部ベイナイトはフェライト粒間にフィルム上の炭化物が生じ、粒が下部ベイナイトに比べて粗大になるなどの理由から、非常に脆性なことが知られています。複数の強化手法による脆化/強化のバランスを示した図を以下に示します。


下部ベイナイトの優れた特性と上部ベイナイトの見事な弱化因子としての役割が見て取れます。東北大学金属材料研究所研究所の所長でもあった村上武次郎は学振第14委員会にxC-5Ni-2Cr鋼の完全マルテンサイトとなる上部臨界冷却速度及びマルテンサイトが生じなくなる下部臨界冷却速度の炭素濃度依存性を報告しており、その図を以下に示しますが、0.4C-4Ni-2Cr鋼はかなりギリギリを攻めていることがわかります。


ただしこの臨界冷却速度はマルテンサイトと下部ベイナイトを混同している可能性があることに注意を払う必要があります。例えば、NIMSにて無償で公開されている溶接用CCTデータベースにあります0.3C-3.5Ni-1Cr鋼(UH-6)では50秒以内でベイナイトが生成しており以後はベイナイトとマルテンサイトの混合組織となっています。このことからフルマルテンサイト組織を得ることは2時間の冷却速度では困難であることが見て取れます。つまり、この鋼種で焼きが入ったと記述されている時、それはマルテンサイトあるいは下部ベイナイトからなる組織であることに注意をする必要があるでしょう。この観点は実際、Japanese heavy armorの白目の項で組織は上部ベイナイトと下部ベイナイトからなる組織と説明されていることをよく説明します。なお、下部ベイナイトは均質なα+θ組織を作るので、焼戻し組織は焼戻しマルテンサイト同様良好な機械的特性を示します。
 上部ベイナイトを抑制するには上図からわかるように冷却速度を早くすることで抑制することができますが、海軍製鋼技術物語に書かれた上部ベイナイト抑制法は異なっています。呉海軍工廠製鋼部にて用いられた上部ベイナイト生成を抑制する焼入れ焼戻しのプロファイルを以下に示します。(Mo添加とかもγ/θで分配局所平衡とかになって上部ベイナイト抑制しそうなイメージが)


変更点は焼戻し温度が高くなり、690℃~700℃となったことで、その他に変更点はありません。

前説が長くなりましたが、今回の主題はなぜこれで上部ベイナイト組織が改善したのか?という点です。上部ベイナイトを焼き戻すと不均一な焼戻し組織ができるかなぁと思いますが、650℃で改善しないものが700℃に上げて改善する理由はあるかなぁ、というのが疑問です。アメリカ海軍がヒアリングを行った時の、VC鋼板の組成は以下の様なものだったようです。





さて、そんな疑問に応えるべく書かれたものとして続・海軍製鋼技術物語の元ネタとなったJapanese heavy armor(PDF)があります。Enclosure(C)のFig. 1で、NVNC鋼板のAc1点が調べられており、Ac1が705度、Ac3点が732度と得られています。個人的な感覚としてなんですが、このAc1点はかなり不思議です。種々の組成を持つ3.5NiCrMoV鋼のAc1点、Ac3点を以下の表に示します。

鉄と鋼,Vol. 76(1990),141-148pから抜粋

表の通りVC鋼板より低炭素、低Niな鋼板のAc1点は660度でして、VH鋼板のAc1点が700度というのは高すぎるように思います。このことを考える上でヒントになりそうなものとして、Japanese heavy armorあるいは続・海軍製鋼技術に書かれている「未溶解炭化物が多く見られた」という記述です。

球状化した未溶解炭化物は、本組成ですとθ相かM7C3相(M=Fe,Cr..)が考えられますが、現在ある資料のみではその同定は不可能なように思います。

いずれにしても、均一な焼戻し組織が得られる(焼入れ前に母相はγ相であった)一方で炭化物が残留していたということは、焼入れ前にはFe-C状態図上の(γ+θ)領域あるいは、より多元系では(γ+炭化物)領域にいたことを意味します。Hilertは計算によりFe-Cr-Cの870℃における等温断面図を得ていますが、Cr量の増加とともにγ単相領域は狭くなり、γ+θあるいは炭化物領域が低炭素側にシフトします。さて、γ+θ領域のγの組成は化学分析によって得られる組成ではなく、二相が平衡する組成ですので、γ形成元素である炭素の固溶量は当然γ単相領域より焼き入れた時に比べて減少します。すると、二相領域より焼き入れられた鋼のAc1点というのは化学分析組成よりも上がることが予想されます。そんなわけで、Ac1点は700℃より高くなったのでしょう。また、焼入れ性を改善するCrもFe3C中に分配されやすい元素です。

そうすると、焼き入れ温度を上げる事でより高い焼入れ性が得られたかもしれない…と考えることも出来ます。

さて、未溶解炭化物を含むVC鋼板はAc1点が700℃くらいということがわかりました。この鋼板を690℃~700℃で焼き戻していました。これによって白目(下部ベイナイト+上部ベイナイト混合組織)が概ね解決(解消)しました。
…まるで解決しない気がするのは自分だけでしょうか?

 例えば、焼入れ温度が低く未溶解炭化物が多く存在し、下部臨界冷却速度あるいは上部臨界冷却速度が本来の組成より減少していたために、下部ベイナイト+上部ベイナイト組織となっており、これを解消するために焼入れ温度を高めた結果、一様な下部ベイナイト組織が得られ、それを焼き戻すことで良好な焼戻し組織が得られた、などでしたらわかります。しかし、下部ベイナイト+上部ベイナイトの混合組織を、上部ベイナイトを消失させるために焼戻し温度を少し上げたためにうまく行きました、と言うのは自分の中では直接つながりません。

そういうわけでNiCrMoV鋼の等焼戻し時間での、機械的特性の焼戻し温度依存性についての先行研究を見てみますと、確かに焼き戻し温度が上昇するに従って機械的特性が改善し、特に高温焼き戻しと呼ばれる領域ではよく改善します。

これは単に過時効と見ることも出来ますが、初期の熱処理材よりも硬度、降伏点強度共に減少するものの、結果としては、初期の焼戻し温度での靭性(むしろ延性脆性遷移温度?)が初期よりも改善し、測定された温度において十分な延性領域になったためにうまく行ったものと考えられます。改善プロセス後も時々白目が出ていたと考えると、結局この辺が妥当なのかな、と。

なんだか夢のない結論になってしまいました。

ただ、疑問と成るのが700℃という焼戻し温度です。なぜなら、焼戻し温度が700℃というのはかなりAc1点に近く、特に焼戻しのような長時間等温保持される時には平衡状態図での変態点であるAe1点(<Ac1点)に近づくことが予想されます。そういう点から見ると一部、焼戻し厨に逆変態をし、γとなっている可能性も考えられますが、Japanese hevy armorにあるように、焼き戻し組織は均一な球状化セメンタイト+αであり、これは焼戻しはα+炭化物領域内で行われたことを示しております。


以上まとめまたものを以下に示します。



そんなわけで、自分が白目について疑問になったことでした。ありがとうございました。

2016年2月18日木曜日

C90応募しました

酒の勢いでC90に応募しました。
馬鹿ですね。
今も酒の勢いで書いています。

馬鹿なのでジャンルはジャンルコード301 艦これです。
史実枠です(強行
サクカはこんな感じ。
大和の装甲で最大のVH鋼鈑を話題の中心としながら、それを作った呉海軍工廠の設備とそのプロセスを今の視点から見なおしたらどうなるのかな?という内容になる予定です。
基本的には、以前pixivに上げた
「大和の装甲」/「鹿部」の小説 [pixiv] 
の増補改訂新版になるかと思います。
スタイルが守られるかは不明(不明

当時の国際的なプロセス観とそれから見た呉海軍工廠の設備、精錬の基本的な熱力学から見た当時の設備、下工程での0.4C-4Ni-2Cr鋼の熱処理とかについて触れられるといいなぁ、とか思ってます。
せっかくなので和書ではあんまり見られないパラ平衡とか局所分配平衡とかそんな感じの内容も触れられたらな、と思います。
単なるプロセス本(≒海軍製鋼技術物語の引き写し)にはならないように気をつけます。

もし通ったら、鉄はやったことないのでその節はよろしくお願いします。

2016年2月7日日曜日

日新製鋼合併について思うこと

新日鉄住金が日新製鋼を子会社化することの検討開始が合意されたらしいですね。
新日鉄住金 日新製鋼の子会社化 検討開始で合意
新日鉄は2011年に住金と合併し、今回日新製鋼を子会社化と何が何だかわからないですね。




2012年から2016年にかけた高炉メーカーの動き

この図から分かるようにここ4年で高炉メーカー5社が3社まで減っていきそうで、独占禁止法とはなんだったのか、という気分になっています。経産省の高炉メーカーについてのまとめを見ますと、2013年度の高炉メーカーの粗鋼生産量割合は新日鉄住金53%、JFE35%、神戸製鋼8%、日新製鋼4%となっており、新日鉄住金に日新製鋼が加わると新日鉄住金は57%を占めるようになり、電炉鋼も含めた日本で生産される鉄鋼の4割以上が新日鉄住金の高炉から作られる様になります。


さて、そんな各社ですが、新日鉄住金とJFEでは出自を異にしています。
まず、新日鉄住金に至るまでの変遷を以下の図に示します。
新日鉄住金に至るまでの主な変遷

新日鉄住金は見事な官営、官需向け企業ですね。当時の日鉄に比べれば現在の新日鉄住金はかわいいもので、

戦前銑鉄生産量と日本製鉄が占める割合(日本鉄鋼技術史中表より作製)

最盛期には国内で生産される銑鉄の97%を生産していました。一方で住友金属工業は図に示したように官需用鋼管を主力としており、艦艇用ボイラーの高温高圧化を実現するべく耐熱鋼管を開発しています。

JFEに至るまでの主な変遷

一方で、JFEの元となった日本鋼管は民需ベースな会社で、特に日本鋼管は当時需要が拡大していたガス管の製造を基本としていました。もう一つの川崎製鉄は、前身の川崎造船所の製鋼部門が別れた会社で、船舶用鋳鋼品を供給していました。ただ、製鋼実績を見ると、官需ベースの住友金属は10万トン程度なのに比べて川崎造船所は年間30万トンくらい作っているので、明らかに造船用鋼材だけでなく、かなり民間にも下ろしてたんで無いかなと思います。(たぶん

このように見てみると、新日鉄住金、JFEともに戦前に高炉を有していたメーカーとそうでないメーカーの合併になっており、また、ざっくりと官需ベースな会社同士の合併と民需ベースな会社の合併となっていてなかなか趣があって良いですね。

さて、そんな中で日新製鋼ですが、この会社は出自は完全に民間で日亜製鋼、日本鉄板の二社が合併してできた会社で、現在4社しかない日本の高炉メーカーの一角です。
で、わざわざ長い前振りとともに書いたのは、下の写真を出したかったためです。

日新製鋼呉製鉄所の所在地(大和ミュージアムにて撮影)

日新製鋼呉製鉄所は旧呉海軍工廠製鋼部正にその位置にあります。全体図あればよかったんですが、当時テンションがおかしくなっていてこの写真しかありませんでした。
官営工場と官需用鋼管メーカーが合併してできた新日鉄住金が呉海軍工廠製鋼部の跡地にある日新製鋼を子会社にする、と思うとなんだか楽しくなりますね(日新製鋼の大株主はそもそも新日鉄住金ということに目を背けながら