2018年3月29日木曜日

ATモデル及びAWモデルで侵徹挙動を見るコードの公開

前回のちょっと頑張ってL/D効果も含めた侵徹深さの評価をしたい話と、ベルヌーイの式とエロージョンを伴う侵徹の覚え書きで書いていた内容を割と簡単に扱えるような形に書き下すことができた(と思った)ので、大したものではないですが公開しておきます。

ダウンロードはこちらからどうぞ。

環境としては、Windowsの方はAnaconda入れたら動くと思います。
(実際に使っているのはPandas, numpy, matplotlibの3つです)

jupyter notebookで使い方.ipynbを開くと一連の操作を実際に動かすことができます。
他の環境の方は、src内でpython setup.py build_ext -iを打てばその環境でのpydができると思うんですが、すいません、こういう配布には詳しくないのでわかりません。適当にぐぐってください。

あとdocstringは適当です。

計算ルーチンは間違ってはないと思うんですが、計算ルーチン部分に不備があれば、その箇所をコメントに書いていただければ対応します(適当に直して使ってもらっていただいても大丈夫です)。

しっかりしたプログラムに関する教育を受けたことがないのでプログラムが下手なのは多めに見ていただければ幸いです。

再配布したい人はいないと思いますが、一応再配布はしないでいただけると幸いです。

3/30追記
$\alpha$を計算するルーチンで参考にした論文にミスがあったことがわかったので修正しています。

2018年3月25日日曜日

ちょっと頑張ってL/D効果も含めた侵徹深さの評価をしたい話


鹿部です。
久しぶりにTerminal ballisticsを読んでいて、ふと、趣味でAPFSDSとかを調べている人にとってAnderson-Walkerモデルがすごくいいモデルなんじゃないかと思い先週からちまちま調べ物をしていました。


今回はその辺のネタです。

この記事でできたこと

最初に、今回の記事の要点を以下に示します。
以下にAWモデルを用いてLD比を3から100まで変えて侵徹深さと速度の関係を計算した図を以下に示します。
パラメーターとして、侵徹体はタングステンを想定した物性値を用い、$\sigma_p$として2GPaを用い、標的は鋼を想定した物性値を用い、$Y_t$として1GPaを用いました。
ATモデルについて計算する際には$R_t$を5.5GPaとし、それ以外は同じにしています。


このようにLD比によって侵徹深さは大きく異なります。このことについて考えるために、衝突速度2000 m/sで衝突した際の侵徹中の侵徹速度(破線)と侵徹体後端速度(実線)の推移を以下に示します。




図から明らかなように、LD比が大きい時、侵徹速度は速やかに低下し、ATモデルとほとんど同じ侵徹速度と後端速度の推移を示します。
一方で、LD比が3と小さいとき、侵徹速度はATモデルの侵徹速度に漸近するものの、全過程の20%程度まではATモデルの侵徹速度よりも高い値を示しています。
このため、低LD比な侵徹体は高LD比な侵徹体に比べて高P/Lを示したと言えます。
また、遷移過程が一瞬で終了する高L/D比な侵徹体は、侵徹の殆どの領域に渡ってATモデルから計算される侵徹速度と同じ値を示しており、ATモデルの有効性が改めて確認できます。また、これらのことから、ATモデルはLD比が∞の侵徹体の侵徹過程を示しているとざっくりみなすことができます。

せっかくなので実用の弾薬とRHA換算侵徹深さを比較した時の結果も見てみます。破線上にプロットが乗っていればいるほど計算と実際がよく一致していると言えます*****。



割といい線行ってるのでは、と思いました。


趣味で調べてる人にとってのATモデルの困難さ

本ブログでも何度も取り上げた(1,2)Alekseevskii-Tateモデル(修正ベルヌーイの式: ATモデル)は非常に優れたモデルであり、ATモデルに基づいて多くの研究がなされています。

以前記事にしたように、ATモデルは以下の式で表されるように侵徹体と標的界面での圧力の釣り合いを考え、

\[ Y_p +\frac{1}{2} \rho_p (V-U)^2 = \frac{1}{2}\rho_t U^2 + R_t \]

そこから侵徹速度を弾芯後端速度の関数として求め、

\[ U = \frac{1}{1-\mu^2} \left(V - \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2(R_t-Y_p)(1-\mu^2)}{\rho_t}}\right) \]

同時に侵徹体後端での運動方程式

\[ -Y_p = \rho l \frac{dv}{dt} \]

と合わせて以下の積分を行うことで侵徹深さを求めるモデルでした。

\[ P = \int^t_0 u dt = -\frac{\rho_p}{Y_p} \int^0_{V_0} uldV = \frac{\rho_p}{Y_p} \int_0^{V_0} u\ l\ dV \]

しかしその一方で、普通に解くと運動方程式を時間ではなく侵徹体長さで置換して解くため、

- 侵徹体寸法を考慮できない。
- 侵徹初期及び終末期の挙動の表現が十分でない。
- 標的強度項$R_t$の取り扱いが難しい

といった問題があります。侵徹体寸法が考慮できないというのは、例えば侵徹体のL/D比などは考えられないということですが、実際には以下の図のようにL/D比は侵徹深さP/Lに強く影響します*。

侵徹初期及び終末期の表現が十分でないというのは以下の図のように侵徹初期の減速過程を考慮できず、また侵徹終末期の減速を過小評価してしまう、といった点です*。



私達のような素人にとって、標的強度項$R_t$が標的強度と大きく異なることは侵徹について考える上で大きな障害です。
例えば、タングステン侵徹体と高強度鋼標的の侵徹深さをATモデルで解析するとき、侵徹体強度$Y_p$には侵徹体の動的強度である2GPaをそのまま適用できるのに対して、標的強度$R_t$はおよそ5.5GPa程度の値が用いられます**。

以前の記事で書いたように、ユゴニオ弾性限界はポアソン比と降伏強度で得られますが、降伏強度1GPaの鋼でのユゴニオ弾性限界は2GPaであり、$R_t$の5.5GPaとはまだまだ隔たりがあります。$R_t$がこのような大きな値を取る理由は、侵徹体/標的界面で侵徹が進行する際、周囲の塑性変形していない部分からの拘束が加わるためです***。
このように、標的強度$R_t$というのは材料強度と相関がありつつも適切な値を定めるのが難しいパラメーターです****。

で、ATモデルのこういう困難から、個人的にこれ以上弄ることの難しさを感じていました。

AWモデル


Anderson-Walkerモデル(AWモデル)はATモデルと同じく一次元の解析的な侵徹モデルです。
前述のような理由から、ATモデルを使って踏み込んで考えるのは難しいなあと考えていたわけですが、一方でAWモデルは侵徹体と標的界面での運動量の釣り合いを考えることで、侵徹速度についても素直に時間発展を考えることができるようにしたモデルで、これは楽しめるんでないか、と思った次第です***。
とはいえ、自分も***の記事とTerminal ballisticsを読み込んでいるわけではないので、モデルの十分な説明はここでは行なえません。(そのうち読んでどこかでまとめると思います)
しかしながら、計算自体は比較的簡単に行えるので、ここで簡単に紹介し、AWモデルに基づいて手元で行った計算結果を示します。

計算に必要な式はChocron et al., Int. J. Impact Eng. 28(2003), pp. 391と***の2つの記事を合わせて読むとわかりやすいと思いますが、大本となる式は

\[ \rho_p \dot{v}(L-s)+\dot{u}\left\{\rho_ps+\rho_tR\frac{\alpha-1}{\alpha+1}\right\}+\frac{\rho_ps^2}{2}\frac{d}{dt}\left(\frac{v-u}{s}\right)+\rho_t\dot{\alpha}\frac{2Ru}{\left(\alpha+1\right)^2}=\frac{1}{2}\rho_p(v-u)^2-\left\{\frac{1}{2}\rho_tu^2+\frac{7}{3}Y\ln{\alpha} \right\} \]

です。この式のうち、現時点ではわからない項目をどうにかして決定して、$\dot{u}=$の形に整理すれば時間に対して顕に侵徹速度を求められるということになります。シンボルは元記事を適当に参照していただければ。

一番簡単に決めれるのは$L$で、これは$\dot{L} = -(v-u)$から簡単に求めることができます。$\dot{v}$は***中でいくつかの過程を置くことで

\[ \dot{v} = -\frac{\sigma_p}{\rho_p(L-s)}\left\{1+\frac{v-u}{c}+\frac{\dot{s}}{c}\right\} \]

として得られます。$R$は侵徹体半径$R_p$を用いて実験結果にフィッティングする形で、衝突速度$V_0$ km/sと以下の式で与えられています(ここではW/Feの組み合わせだったはずです)。

\[ R = R_p\left(1+0.287V_0+0.148V_0^2\right) \]

$\alpha$はCavity expansion analysisを使うことで定式化できるらしいのですが、求めるのはちょっと厄介で、

\[ \left(1+\frac{\rho_tu^2}{Y_t}\right)\sqrt{K_t-\rho_tu^2\alpha^2}= \left(1+\frac{\rho_tu^2\alpha^2}{2G_t}\right)\sqrt{K_t-\rho_tu^2} \]

となる$\alpha$をニュートンラフソン法なりで適当に求めることで得られます。左辺平方根中を見れば明らかなように、$\alpha$が実数解を取りうる範囲は、$(-\sqrt{\frac{K_t}{\rho_t u^2}},\sqrt{\frac{K_t}{\rho_t u^2}})$で、更に***の記事Fig. 6から$\alpha>1$であることは明らかなので、$(1,\frac{K_t}{\rho_t u^2})$の範囲で解を求めればいいと思います(ただ、関数としては単調減少関数なのでそこまで厄介ではないと思います)。

ここでの$K_t$はある応力で圧縮されている標的の体積弾性率で、

\[ K_t = K_0\left(1+k\frac{u}{c_0}\right)^2 \]

として表せます。$k$は衝撃波速度を$U_s = c_0+k u_p$として表した時の$k$です。少し補足すると、標的界面の粒子速度というのは結局侵徹速度なので、カッコの中身$(1+k\frac{u}{c_0})$というのは$(c_0+ku)/c0=U_s/c0$で、$c_0=\sqrt{K_0/\rho_t}$です。すると上の式は

\[ K_t = \rho_t U_s^2 \]

あるいは、

\[ U_s = \sqrt{K_t/\rho_t} \]

となりますから、界面ではこういう衝撃波が標的内部に生じているということになります(あるいはその衝撃波で圧縮された部分の体積弾性率を求めているということ?)。

ここまで求まると、$s$は以下の式に

\[ s = \frac{R}{2}\left(\frac{v}{u}-1\right)\left(1-\frac{1}{\alpha^2}\right) \]

それぞれ代入して得られます。
残るは$\frac{d}{dt}\left(\frac{v-u}{s}\right)$ですが、これは***中で

\[ \frac{d}{dt}\left(\frac{v-u}{s}\right)=\frac{4}{(\alpha^2-1)R}\left\{\frac{\alpha^2\dot{u}}{2}-\frac{u\alpha\dot{\alpha}}{\alpha^2-1}\right\} \]

という形で与えられていますので、これを使います。$\dot{\alpha}, \dot{s}$だけは前の計算からの差分で与えるしか無いと思います。
後はこれらを適当な時間刻みで回せばいいですが、C++で適当に書いただけでも時間刻み1e-7 sで1msまで計算しても実行した瞬間には終わってる(5msくらい)ので、そんなにストレスなく回せると思います。また、時間について回す一方で、u<=0, L<=0で侵徹は終了しているので、その辺に気をつけるといいと思います。
ここで重要なのが、AWモデルでは、初期条件がいずれも材料強度と物性値で、ATモデルで私達を苦しめた$R_t$のようなパラメーターが消え、その他のパラメーターはモデルから導かれているという点です。
モデルの簡略化の限界を除けば、AWモデルは私達に材料強度、物性値と侵徹過程についていい見通しを与えてくれるように思います。

まず、以下にAWモデルを用いてLD比を3から100まで変えて侵徹深さと速度の関係を計算した図を以下に示します。パラメーターとして、侵徹体はタングステンを想定した物性値を用い、$\sigma_p$として2GPaを用い、標的は鋼を想定した物性値を用い、$Y_t$として1GPaを用いました。ATモデルについて計算する際には$R_t$を5.5GPaとし、それ以外は同じにしています。

このようにLD比によって侵徹深さは大きく異なります。このことについて考えるために、衝突速度2000 m/sで衝突した際の侵徹中の侵徹速度(破線)と侵徹体後端速度(実線)の推移を以下に示します。


図から明らかなように、LD比が大きい時、侵徹速度は速やかに低下し、ATモデルとほとんど同じ侵徹速度と後端速度の推移を示します。一方で、LD比が3と小さなとき、侵徹速度はATモデルの侵徹速度に漸近するものの、全過程の20%程度まではATモデルの侵徹速度よりも高い値を示しています。このため、低LD比な侵徹体は高LD比な侵徹体に比べて高P/Lを示したと言えます。また、遷移過程が一瞬で終了する高L/D比な侵徹体は、侵徹の殆どの領域に渡ってATモデルから計算される侵徹速度と同じ値を示しており、ATモデルの有効性が改めて確認できます。

また、これらのことから、ATモデルはLD比が∞の侵徹体の侵徹過程を示していると考えることができます。

AWモデルの際立った特徴は以上ですが、せっかくなので実用の弾薬とRHA換算侵徹深さを比較した時の結果も見てみましょう。破線上にプロットが乗っていればいるほど計算と実際がよく一致していると言えます。

割といい線行ってるのでは、と思うのですがどうでしょうか。


白状すると、この計算では標的の$Y_t$を0.7GPaにしていい感じに合うような値を用いています(侵徹体強度は2GPaで揃えています)。

今回は以上です。
ありがとうございました。

(そういえばまだ他の記事の計算結果と摺り合せたValidation?みたいなのをしていませんでした。今度して変だったら訂正します。)


ところで当然ですが、このモデルももっと厳密な数値計算モデルの結果と比較すると異なるところがある点、傾斜した板に対する評価はできない点など、色々難しいところもあるので3割引くらいの目で見たいところです。


*Z. Rosenberg, E. Dekel, Terminal ballistics, (2016), Springer
**例えばJA. Zukas, High velocity impact dynamics (1990)
***JD. Walker, CE. Anderson, Int. J. Impact Eng. 16(1995), pp. 19-48
**** $R_t$と材料強度の間の関係はHillのCavity expansion analysisを用いることで表せますが*、ちょっと微妙さが残るのと、他の困難は解決できません。
***** 侵徹深さと侵徹体のデータはWikipedia及び、
http://www.inetres.com/gp/military/cv/weapon/M256.html,https://en.wikipedia.org/wiki/M829
https://www.orbitalatk.com/defense-systems/armament-systems/120mm/
http://sturgeonshouse.ipbhost.com/topic/1086-tanks-guns-and-ammunition/
https://www.researchgate.net/profile/Mariusz_Magier/publication/317409282_ANALYSIS_OF_ENERGETIC_PARAMETERS_FOR_ANTITANK_KINETIC_AMMUNITION_OF_CONTEMPORARY_BATTLEFIELD/links/5a1bf02ea6fdcc50adeca812/ANALYSIS-OF-ENERGETIC-PARAMETERS-FOR-ANTITANK-KINETIC-AMMUNITION-OF-CONTEMPORARY-BATTLEFIELD.pdf
あたりを参考にしていますが、実際の侵徹体についてはあんまり詳しくないので明らかにおかしい点があれば指摘いただければ幸いです。