2016年8月19日金曜日

120 mm滑腔砲の砲身材のちょっとした話。

お世話になっております。鹿部です。

夏コミも終わって一段落したので、しばらく書いていなかったブログをたまには書くかと一念発起して書いています。
今回は雑談気味の雑な記事です。(いつも雑なのはさておいて

砲身材ってすごいですよね。強烈な内圧が動的荷重として付加されるのに破壊を起こすことなく寿命を終えるまできちんと機能するのは偉いです。発射時に掛かる内圧ですが、Insensitive Propulsion Systems for Large Caliber AmmunitionによればDM63で最大550 MPa、DM53で室温付近で最大570 MPaだそうです。
となると、砲身に用いられる材料はこれよりも強く、しかも衝撃にも強い材料でなければなりません。Army Targets Age Old Problems with New Gun Barrel Technologies曰く、これにはASTM規格で言うA723が使われているようです。まぁ詳しい規格の値はこのリンク先でも見ていただくとして、ざっくり0.34C-3Ni-1Cr-0.4Mo-0.1V鋼で焼ならし-焼入れ-焼戻しされた鋼という感じのようです。機械特性の実績については、Mechanisms and Modeling Comparing HB7 and A723 High Strength Pressure Vessel Steelsに実績値として、0.2%耐力が1170 MPa, 最大引張強さが1200 MPa、降伏比(耐力/引張強さ)が0.975、全伸びが16%程度の鋼材になるようです。

ぱっと見て気がつくのが、降伏強度と降伏比の高さです。組成がかなり似た低圧タービンローター材では降伏強度が800 MPa, 降伏比は0.8程度で(鉄と鋼)、A723材に比べて低めの値になります。そういう視点で見てみると、A723は材料的な言い方をすれば、焼戻し後も再結晶は起こっていなくて、マルテンサイト由来の組織を残しているんだろうなという印象を受けます。つまり、焼戻し温度はタービンローター材に比べて低い、って言うわけですね。さて、そういうわけで、A723の焼戻し温度を種々変化させた文章を探しますと、例えばこういう報告があります。この報告が言うところはもっと深いところがあるんですが、それはさておき、Fig. 2-5,13あたりからどうやら590℃くらいで焼き戻しているようだということがわかります。

じゃあこれをもっと強くするためにはどうすればいいか?というと二つ手段があります。一つは組成を変更してよりよい組成を見つけること、もう一つは熱処理を変更することですね。もちろんそれにともなって最適熱処理条件、最適組成は変化するとは思うので、どちらを主眼に置くかということになりますが。
アメリカはMechanisms and Modeling Comparing HB7 and A723 High Strength Pressure Vessel Steelsで熱処理を変更して強度を底上げしたA723 HS材を試作していますが、これは降伏強度が上がっている一方で降伏比は下がっていることと先ほどの報告から考えると、どうやら焼戻し温度を下げていそうだぞ、ということがわかります。フランスのHB7は組成も変化させているので両方最適化していそうですね。こっちはまだ調べていないので詳細はわかりませんが。

じゃあ日本はどうなんでしょうか?
日本のMBTの主砲はJSWが製造しているので、調べれば出てきそうですが、JSW技報を漁ってもなかなか該当しそうなのはありません。
ひとつ、JSW技報, 50(1994), pp. 15-21に高度超高圧圧力容器用材料の開発と材料特性という記事があります。イントロダクションでは低密度ポリエチレン製造装置に触れて200MPa~250MPaの内圧が負荷される圧力容器が重要だと述べているんですが、実験では突然内径135mm、外径392mmの円筒を用意して650~800MPaの内圧を負荷しているので、これは戦車主砲用の記事なのかなと自分は解釈しています。

これを読むと、JSWは圧力容器用高強度部材として新規合金組成を用いて試験を行っていることがわかります。試作材は2種類あり、一つは炭素量を0.1%増加させたもの、もう一つはMo量を0.4%から1%にしたものの二種類です。これを以下に示します。
試作されたこれらの機械的特性は以下のとおりです。
このように従来と同等の靭性を確保しながら降伏強度を200MPa向上させています。熱処理については特に触れられていないのですが、降伏比や伸びを見ると従来通りのところなのかなと思います。もしかしたらちょっと低めかもしれません。き裂進展挙動も比較しており、これらの開発材は降伏強度が上昇しているにもかかわらずA723と同程度のき裂進展速度に抑えられているようです。
機械的特性はMo量を増やした開発材Bのほうが炭素量を増やした開発材Aに比べて優れているのですが、溶鋼の比重差が大きくなり偏析が生じやすくなるため、大型部品には開発材Aのほうが優れているようです。
では、疲労寿命をA723,A723HS, HB7, JSW開発材Aについて比較してみましょう。前三者については、初期き裂長さ0.3mm、負荷内圧700MPaとし、自緊率を変化させた時の推定される寿命の変化を、JSWは初期き裂長さ0.5mmとし、負荷内圧を変化させた時の推定される寿命の変化を示しています。JSWのものについては自緊率がどれくらいかは書かれていませんでした。また、自分が疲労寿命予測について詳しくないので、詳細な条件の差については無視しています。

図1 A723、A723HS、HB7の700MPaの内圧に対する推定寿命
図2 開発材Aの負荷内圧についての推定寿命

興味深い点は2点あり、一つは700 MPa/725 MPaでの推定寿命を比較すると、開発材Aはより新しいHB7よりも優れた寿命を示すこと、もう一点は負荷圧800 MPaという厳しい条件下でもA723の負荷内圧700 MPaにおける寿命よりも優れた寿命を示すことです。これは、この開発材Aは800 MPaという高い内圧でも従来と同等の寿命を有すると見てよいように思うんですがいかがでしょうか?

最後に、より高強度を目指す際の問題点について考えたいと思います。より高強度を目指そうとする時、組成を変えなければ低温での焼戻しを行う必要がありますが、Ni-Cr鋼は550℃付近での焼戻しにより著しくその靭性を失います(焼戻し脆性)。これを避けるためには、Si、Mn、Pを徹底的に下げることが必要になります。そのため、開発方針としては、焼戻し脆性を避けるために低Mn、Si、Pで且つ強度を向上させるC、Mo、V(あるいはCr等)の添加量を増加させ、焼戻し温度を下げる、などが考えられます。
この観点から開発材の組成を見てみると面白いかもしれません。

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