2017年8月28日月曜日

新刊の委託と誤植について

C92お疲れ様でした。
今回はいくつかのサークルの委託も受けて大賑わいでした。
来ていただいた方ありがとうございました。

さて、夏コミ後に委託を申請したこともあって少し遅くなりましたが、COMIC ZINさんで委託していただいてます。商品ページは以下です。
http://shop.comiczin.jp/products/detail.php?product_id=33537

今回ちょっと時間がなかったこともあってちょくちょく誤植が見つかっているんですが、致命的な所がニ箇所あったのでここで訂正します。
45pの式(2.68)、式(2.70)について

\[\sigma_x =K\varepsilon_x+\frac{4}{3}G\varepsilon_{x\mathrm{HEL}} = K\varepsilon_x+\frac{Y}{2G} \]
\[\sigma_x = K\varepsilon_x+\frac{Y}{2G} \]

と書いていますが正しくは図2.11の通り

\[\sigma_x =K\varepsilon_x+\frac{4}{3}G\varepsilon_{x\mathrm{HEL}} = K\varepsilon_x+\frac{2Y}{3} \]
\[\sigma_x = K\varepsilon_x+\frac{2Y}{3} \]

です。

また、式(3.52),(3.53)ではそれぞれ$V_{lim}^{\prime}$について2乗が抜けており、

\[ Y= R+ \frac 1 2 \rho_t V^{\prime 2}_{lim} \]

\[  V^{\prime 2}_{lim}  = \frac{2(Y-R}{\rho_t} \]

が正しい式です。
よろしくお願いします。

追記
そういえば体積弾性率を求める過程を1章の内容からの連続性を重視して体積ひずみ$\varepsilon_V$が$3\varepsilon$で近似されることを用いて示しましたが、もしかしたら変かもしれません。

2017年3月1日水曜日

ユゴニオ弾性限界を超えた後の応力ひずみ線図の覚え書き

最近はもっぱらフックの法則で遊んでいます。
ところで、前回の記事の図4で、500m/sでWをAlにぶつけてもユゴニオ弾性限界を優に超えていると書きましたが、この圧力時間線図は平板衝突実験により得られています。平板衝突は一軸ひずみを維持しやすい状況ですが、それと実際の高L/D比の侵徹を比較するのは変かもしれませんね。

今回の目標

今回の目標は降伏応力Yの完全弾塑性体(降伏したあとは一定の応力で変形し続ける)の物質の一軸ひずみにおける応力ひずみ線図をフックの法則から求め、単純に引っ張ったときの応力ひずみ線図との差を見ることにあります。具体的には以下の図。ここからわかることは下の方の結論にざっとまとめています。
図 降伏応力Yの完全弾塑性の一軸応力、一軸ひずみでの応力ひずみ線図

以下式展開

前回の記事でユゴニオ弾性限界(HEL)がフックの法則から
\[ \mathrm{HEL} = \frac{1-\nu}{1-2\nu}Y \]
と簡単に表されることがわかりましたが、降伏応力がYの完全弾塑性体の一軸ひずみ変形での応力ひずみ線図はどんなもんなんでしょうか。

とりあえず弾性領域ではフックの法則を使えばいいので、先程の式を引っ張ってきて
\[ \sigma_{11} = \frac{ \nu E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }\varepsilon_{11}+ \frac{E}{1+ \nu } \varepsilon_{11}= \frac{ (1-\nu) E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }\varepsilon_{11} \]を元に進めましょう。中辺第一項の分子がわかりにくい形になっているので
\[ \sigma_{11} = \frac{ a E }{ 1- 2 \nu  }\varepsilon_{11}+ \frac{bE}{1+ \nu } \varepsilon_{11} \]
の形で整理してみましょう。とりあえず通分して分子を見てみると
\[ (1+\nu) a + (1-2\nu)b = 1-\nu \]
の恒等式を得るので、$a+b=1$、$a-2b=-1$を解けばいいでしょう。すると、$a = \frac{1}{3}, b= \frac{2}{3}$を得ます。これを使って整理してやると、
\[ \sigma_{11} = \frac{  E }{ 3(1- 2 \nu)  }\varepsilon_{11}+ \frac{2E}{3(1+ \nu) } \varepsilon_{11} \]
となります。Wikipediaの体積弾性率剛性率を見てやると、各項は更に整理できて
\[ \sigma_{11} =  \biggl(K +\frac{4}{3}G \biggr)\varepsilon_{11} \]
とスッキリした形で得られます。
 この式から一軸ひずみ変形での弾性定数は一軸応力の式とは異なり、弾性率がヤング率$E$ではなくなっていますが、更に静水圧の弾性定数の$K$だけでなくせん断での弾性定数$G$も加えられています。鉄の場合、$K$が170GPa、$G$が72GPa程度なので、一軸ひずみ変形での弾性定数は270GPa程度となり、一軸応力(普通の圧縮)の弾性定数であるヤング率$E$の200GPaよりも大きくなり、より圧縮されにくいことがわかります。

それでは、降伏した後はどうでしょうか。完全弾塑性体ですので、降伏した後は塑性変形に必要な応力は常にY(前半のトレスカの条件)です。また、それとは別に塑性変形に寄与しない静水圧応力が圧縮に伴い増加します。まず一度塑性変形に寄与しない静水圧応力を求めてみます。これは簡単で、掛かっている全ての主応力の平均であり、
\[P = \frac{\sigma_{11}+\sigma_{22}+\sigma_{33}}{3} = \frac{\sigma_{11}+2\sigma_{22}}{3} \]
ですが、
\[ \sigma_{11} = \frac{ \nu E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }(\varepsilon_{11})+ \frac{E}{1+ \nu } \varepsilon_{11} \]
\[\sigma_{22} = \frac{ \nu E }{(1+\nu) (1- 2\nu)}(\varepsilon_{11}) \]
なので素直に足し合わせれば
\[P=\frac{ \frac{3\nu E}{(1+\nu)(1-2\nu)} + \frac{E}{1+\nu }}{3} = \frac{E}{3(1-2\nu)} = K\varepsilon_{11}  \]
が得られます。では次に見やすい形で降伏条件を求めるために$\sigma_{22}$についても$\sigma_{11}$と同じ表式にしてみます。
\[\sigma_{22} = \frac{ \nu E }{(1+\nu) (1- 2\nu)}(\varepsilon_{11}) =\frac{aE}{1-2\nu } + \frac{bE}{1+\nu} \]
の形において同じように解くと、$a=\frac{1}{3}, b=\frac{-1}{3}$が得られ、
\[\sigma_{22}  = \biggl(K-\frac{2}{3}G \biggr) \varepsilon_{11} \]
を得ます。これをトレスカの式( $ \sigma_{11} - \sigma_{22} = Y $ )に突っ込むと、
\[ \biggl(K+\frac{4}{3}G\biggr)\varepsilon_{11} -\biggl(K-\frac{2}{3}G\biggr)\varepsilon_{11} = 2G\varepsilon_{11} = Y \]
が得られます。この式から2つのことがわかります。一つは、降伏に寄与しないとした静水圧応力はきれいに消え、せん断成分のみで降伏が決定すること。もう一つは、ユゴニオ弾性限界に達するひずみは$\frac{Y}{2G}$であることです。
これらのことから、一軸ひずみ変形では$\varepsilon_{11} = \frac{Y}{2G}$で一軸ひずみの降伏応力HELに到達することがわかります。また、完全弾塑性体ですから降伏に達したあとは偏差応力は常にトレスカの式を満たす応力に保たれるので、ユゴニオ弾性限界に達するひずみが$\frac{Y}{2G}$であることを以下の式第二項に代入することで
\[ \sigma_{11} =  \biggl(K +\frac{4}{3}G \biggr)\varepsilon_{11}= K\varepsilon_{11}+\frac{2}{3}Y \]
として、降伏後の一軸ひずみ領域での勾配が求まります。


結論

とまぁ、完全弾塑性体の一軸ひずみ状態での応力ひずみ線図をごそごそと求めてきたわけですが、具体的にはどんな応力ひずみ線図になるんでしょうか?というわけで以上をまとめたものを以下の図に示します。青色の線は完全弾塑性体を一軸引張りしたときの応力ひずみ線図で、応力が降伏応力に達したあとは一定の応力を保ち続けています。一方で、赤色の線は一軸ひずみ状態で青色の線の物質を圧縮したときの応力ひずみ線図を示しています。図のようにユゴニオ弾性限界に達した後も応力は体積弾性率に比例して増加していることがわかります。高強度鋼のHELは大体3,4GPa程度ですが、HELに達するひずみY/2Gは概ね2,3%のオーダーです。仮に高速度衝突により10%もひずめばHELを遥かに超える20GPa近い応力がかかることになるので、その場合事実上材料強度の影響は無視でき、材料の静水圧的特性に支配されることがわかります。

図 降伏応力Yの完全弾塑性の一軸応力、一軸ひずみでの応力ひずみ線図

ところで、上の図では体積弾性率はひずみによらず一定としていますが、実際には体積弾性率はひずみに強く依存し、圧縮されればされるほど体積弾性率は高くなるので、一軸ひずみでの応力ひずみ線図はユゴニオ弾性限界の記事で示したような下に凸の図になることがわかり、変形に伴い衝撃波が発生することがわかります。

図 一軸ひずみでの応力ひずみ線図の模式図

ただ、高速度衝突では断熱圧縮的になりますので、もう少し圧力項と体積弾性率の圧力依存性に補正を加える必要がありますが、今回は静的な領域で話を終えましょう。

駆け足になりましたが以上です。
正直、この衝撃波の議論と侵徹の議論が中々ただちには繋がらなくて難しいです。

2017年2月11日土曜日

ベルヌーイの式とエロージョンを伴う侵徹の覚え書き

ユゴニオ弾性限界と来たら次はベルヌーイの式だろうと思って最近ちまちま調べ物していました。
今回はいつも以上に覚え書きです。
また、流体で扱うベルヌーイの式を探して来られた方には合わない内容となっています。

高速度の侵徹(特にHEAT)を議論する時、大前提として侵徹長さは密度比で決定されるとよく言われるように思います。
これを議論する時、しばしばベルヌーイの式が出てきますが、そこからどうやったら出てくるのかがよくわからなかったので適当に式をいじってみるか、というのが今回の記事の目的です。誰かに示すための数式とかもう何年も書いたことないので読みにくいと思います。

ベルヌーイの式

自分は流体の基礎が全く無いのでまず式ありきになってしまうんですが、いわゆる一般的な材料強度を考慮したベルヌーイの式は
\[ Y_p +\frac{1}{2} \rho_p (V-U)^2 = \frac{1}{2}\rho_t U^2 + R_t \]
で与えられます。左辺は弾芯が作る圧力、右辺は標的が作る圧力で、$Y_p$は弾芯強度、$\rho_p, \rho_t$は弾芯密度、標的強度、$V,U$は弾芯後端速度(衝突直後は衝突速度)と侵徹速度、$R_t$は標的強度です。$Y_p$,$R_t$が与える影響の議論は今回は省略します。先端が速度$U$で侵徹し、後端は速度$V$で進行することから、弾芯が消耗する速度は以下の式で与えられます。
\[ \frac{dl}{dt} = -(V-U) \]
ここで、$l$は弾体の長さ、$t$は時間です。
さて、侵徹の際、先端部のみが塑性変形をし、残部は剛体のように振る舞えば反力によって減速しますが、この際に弾芯後端が受ける応力は(完全弾塑性体であれば)、$Y_p$に等しいことがわかります。そこで、弾芯後端の運動方程式を
\[ -Y_p = \rho_p l \frac{dv}{dt} \]
と立てます*。

これが今回使う式です。

弾芯と標的の両方に強度がないケース

一般的に解く前に、特殊な場合について考えます。$Y_p=R_t=0$の時、ベルヌーイの式は
\[ \frac{1}{2} \rho_p (V-U)^2 = \frac{1}{2}\rho_t U^2  \]
となります。
この時、侵徹速度$U$は単純に解いて
\[ U = \frac{V}{1+\sqrt{\frac{\rho_t}{\rho_p}}} \]
が得られます。$Y_p$が0ですから、
\[ -Y_p = \rho_p l \frac{dv}{dt} \]
から$V$は一定であり、
\[ \frac{dl}{dt} = -(V-U) \]
弾芯の消耗速度は一定であることがわかります。そこで、侵徹の持続時間$\tau$は弾芯が消耗しきるまでの時間ですから、弾芯長さを$L$として、
\[ \tau = \frac{L}{V-U} \]
とするのが妥当です。 すると侵徹深さ$P$というのは、時間$\tau$の間に侵徹速度$U$だけ進むことと同じなので、
\[ P =U\tau = \frac{UL}{V-U} = \frac{
\frac{VL}
{1+\sqrt{\frac{\rho_t}{\rho_p} } }}
{\frac{V\sqrt{\frac{\rho_t}{\rho_p}}}
{1+\sqrt{ \frac{\rho_t}
{\rho_p} } }} = L\sqrt{\frac{\rho_p}{\rho_t}}
\]
が得られます。この結論は重要で、理想的には弾芯長さで規格化された侵徹深さ$\frac{P}{L}$は標的と侵徹体の密度の比の平方根$\sqrt{\frac{\rho_p}{\rho_t}}$で一定となることがわかります。

弾芯に強度がないケース

弾芯に強度がない時、これは先程の例と同じように$Y_p$が0ですから、
\[ -Y_p = \rho_p l \frac{dv}{dt} \]
から$V$は一定であり、
\[ \frac{dl}{dt} = -(V-U) \]
弾芯の消耗速度は一定であることがわかります。ただし、ベルヌーイの式は少し変わって
\[ \frac{1}{2} \rho_p (V-U)^2 = \frac{1}{2}\rho_t U^2  +R_t\]
となります。この場合、侵徹体が強度がない一方で、標的には強度があるので、速度が一定の速度まではエロージョンを伴った侵徹を起こさない(侵徹速度$U=0$)ことがわかります。そこで、$U=0$について上式を解けば、
\[V = \sqrt{\frac{2R_t}{\rho_p}} \]
が得られ、衝突速度がこれ以上であれば侵徹が生じることがわかります。この速度を特別に$V_c$と置いておきます。

そこで、$V_c$以上の速度について、侵徹速度$U$を平方完成して求めると侵徹速度$U$は
\[  (\rho_p - \rho_t)U-2\rho_p UV + \rho_p V^2 = 2R_t \]
\[(\rho_p -\rho_t) (U-\frac{\rho_p}{\rho_p- \rho_t}V)^2 - \frac{\rho_p^2 - \rho_p (\rho_p-\rho_t)}{\rho_p-\rho_t} = 2R_t \]
から、
\[U =  \frac{
\rho_p V-\sqrt{
\rho_p\rho_t V^2 +2R_t(\rho_p-\rho_t)}}{
\rho_p-\rho_t} \]
が得られます。あるいは、$\mu = \sqrt{\frac{\rho_t}{\rho_p}}$とおけば、
\[ U = \frac{1}{1-\mu^2} \Biggr(V - \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2R_t(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl) \]
と整理することが出来ます。

後は先程と同様に、
\[ \tau = \frac{L}{V-U} \]
から、
\[ P =U\tau = \frac{UL}{V-U} = \frac{
L \frac{1}{1-\mu^2} \Biggr(V - \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2R_t(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl)
}
{ \frac{1}{1-\mu^2} \Biggr(-\mu^2 V + \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2R_t(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl) }
= L\frac{\Biggr(V - \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2R_t(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl)}{ \Biggr(-\mu^2 V + \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2R_t(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl)}
\]
が得られます。

ここで重要なのは、弾芯に強度がない場合でも、一定の速度以上であれば強度のある標的を侵徹することが出来るという点です。この時、最も単純には標的にはユゴニオ弾性限界を超えた圧力がかかっていて、互いにエロージョンを起こしながら侵徹することがわかります**。

弾芯と標的共に強度があるケース

この場合、$Y_p > R_t$と$Y_p < R_t$の場合が考えられますが、エロージョンによる侵徹を考える立場から、$Y_p < R_t$の場合のみを考えます。この場合、ベルヌーイの式は
\[ Y_p +\frac{1}{2} \rho_p (V-U)^2 = \frac{1}{2}\rho_t U^2 + R_t \]
であたえられます。今回は先の2つの例と異なり$Y_p \neq 0$であるため、
\[ -Y_p = \rho l \frac{dv}{dt} \]
から、弾芯後端速度$V$は連続的に変化することがわかります。そこで、これについて考慮しつつ考えていきます。
何はともあれ、ベルヌーイの式は$V$と$U$の関係を与えるので、ここから手を付けていくことにします。この場合、$Y_p$を右辺に移してしまえば後は標的にのみ強度がある場合と同じであることは明らかで、
\[ U = \frac{1}{1-\mu^2} \Biggr(V - \mu \sqrt{ V^2 +\frac{2(R_t-Y_p)(1-\mu^2)}{\rho_t}}\Biggl) \]
となります。$A=\frac{2(R_t-Y_p)(1-\mu^2)}{\rho_t}$と置いてしまえばシンプルに、
\[ U = \frac{1}{1-\mu^2} \Biggr(V - \mu \sqrt{ V^2 +A}\Biggl) \]
が得られます。これで$V$と$U$の関係がわかったので、
\[ -Y_p = \rho_p l \frac{dv}{dt} \]

\[ \frac{dl}{dt} = -(V-U) \]
を突っ込んで解いてやれば解けそうな気がします。そこで素直に突っ込んでやると、
\[Y_p = \rho_p l (V-U) \frac{dV}{dl} \]
が得られるので、片々整理して
\[\frac{dl}{l} = \frac{\rho_p}{Y_p} (V-U) dV. \]
$U$も顕に書けば、
\[\frac{dl}{l} = \frac{\rho_p}{Y_p} \Bigr( \frac{1}{1-\mu^2}\bigr(-\mu^2 V +\mu\sqrt{V^2+A} \bigl) \Bigl) dV \]
が得られるので、これを積分すればいいだろう、ということがわかります。左辺は残った弾体長さ$l$についての積分で、不定積分は
\[ I_l = \log l +C_l \]
$V=V_0$のとき、侵徹は始まっていないので$l=L$でしょう。また、任意の速度$V$の時は$l$としておきます。なので左辺は
\[ 左辺=\log(l/L) \]
になります。右辺の積分は少し手強いです。積分の範囲は衝突速度$V_0$から任意の速度$V$までと取ることにして、まずは不定積分をしてみます。$\frac{1}{1-\mu^2}(-\mu^2 V) $は簡単で、
\[ I_0 = \frac{1}{2(1-\mu^2)}(-\mu^2 V) +C_0 \]
です。残った$\frac{1}{1-\mu^2}(\mu\sqrt{V^2+A})$の積分は、このページを参考にすると
\[ I_1 = \frac{1}{2(1-\mu^2)}\Bigr(\mu\bigr(V\sqrt{V^2+A} + A \log(V+\sqrt{V^2+A})\bigl)\Bigl)  +C_1\]
が得られるので、これらを$V_0$から$V$まで積分すると、
\[右辺=\frac{\rho_p \mu}{2Y_p(1-\mu^2)}\Bigr( V\sqrt{V^2+A} + A \log(V+\sqrt{V^2+A}) - \mu V^2 -\big[ V_0\sqrt{V_0^2+A} + A \log(V_0+\sqrt{V_0^2+A}) - \mu V_0^2 \bigl] \Bigl) \]
が得られます。右辺と左辺をまとめてやると、

\[ \frac{l}{L} = \Biggr( \frac{ V+\sqrt{V^2+A}}{V_0+\sqrt{V_0^2+A}}
\Biggl)^{\bigr(\frac{\rho_p \mu A}{2(1-\mu^2\ )}\ \ \ \bigl)} \exp \Biggr(
\frac{\rho_p \mu}{2Y_p(1-\mu^2)} \biggr( V\sqrt{V^2+A} - \mu V^2 - \bigr[ V_0\sqrt{V_0^2+A} - \mu V_0^2 \bigl] \biggl) \Biggl)
\]

ここまでくれば侵徹深さを求めるまであと一息です。侵徹深さは先程と同じように侵徹速度$U$の時間積分ですが、このままでは扱いにくいので、$ -Y_p = \rho_p l \frac{dv}{dt} $から、$dt = -\frac{\rho_p l}{Y_p}$となるので、
\[P = \int^t_0 u dt = -\frac{\rho_p}{Y_p} \int^0_{V_0} uldV = \frac{\rho_p}{Y_p} \int_0^{V_0} u\ l\ dV \]
簡潔にまとめて、
\[P =  \frac{\rho_p}{Y_p} \int_0^{V_0} u\ l\ dV \]

を適当に積分することで得られます。ただ、個人的な雑感ですが、最後の積分の下端は0ではなく、エロージョンが開始する速度$V_c= \sqrt{\frac{2(R_t-Y_p)}{\rho_p}} $としたほうが見通しがいいかなと思います。

以上の式はAlekseevskiiとTateによって196年代後半にかけて展開されたモデルであり、非常に見通しの良い解を簡便に得ることが出来ます***。近いうちにこのモデルからわかるいくつかの簡単なことについてネタに出来たらなと思っています。

ただ、この式は侵徹の過程初期と侵徹後期では厳密なシミュレーションから外れることが知られているので、あくまでも初期のモデルの一つと理解するのがいいのかな?という感触です。侵徹深さに対する侵徹体長さの影響は明快ですが侵徹体径がどう影響するかは不明ですし、セルフシャープニングの影響を取り込むことも出来ません。わかりやすいだけに注意して取り扱うのがいいのかな、と考えています。

今回のネタを書くに当たり
Z. Rosenberg, E. Dekel, Terminal Ballistics, (2016), Springer
PJ Hazell: Armour: Materials, Theory, and Design, (2015), CRC Press
を底本にしました。

*この式に至る前にはもう一本式があるらしいですが細かいことはおいておきます。
**しかし$V_c$より僅かに速い程度では、材料強度の$R_t$項の寄与が大きく、侵徹はほとんど起こらないこともこの式から明らかです。
***密度が一緒だったら発散しないの?とかいうことは考えないようにしましょう。

2017年2月4日土曜日

ユゴニオ弾性限界の覚え書き

 お久しぶりです。冬コミは委託での参加でしたが、盛況だったようで何よりです。
 最近は鉄からちょっと離れてずっと気になってた、終末弾道というか高速度衝撃について調べていて、ユゴニオ弾性限界についての覚書を今回は。前回のセルフシャープニングの覚書の続きみたいなものですね。

本記事は、徹甲弾の侵徹の議論で出てくるユゴニオ弾性限界について定義を紹介するものであり、まじめに衝撃波について考えるものではありません。

ユゴニオ弾性限界

ユゴニオ弾性限界(Hugoniot Elastic Limit, HEL)というのはHEAT、あるいはAPFSDSの侵徹過程を特徴づけるものとして頻繁に話される用語だと思います。HEATAPFSDSではユゴニオ弾性限界より高い圧力が生じるので、流体のように振る舞うことで侵徹が進行する、みたいな感じでしょうか?
Wikipediaを見ると「固体が塑性変形を開始し流体のように振舞う領域に入る境界線となる圧力である。」とありますが*、これは少し不思議な表現です。普通、弾が装甲に侵入する段階では、どちらかが変形するためには塑性変形する必要がありますから、侵徹の過程では塑性変形により流体のように振る舞っているはずです(低速度でも塑性変形に必要な応力を流動応力、Flow stressと呼ぶことは多々あります。)

 そうすると、ユゴニオ弾性限界を特徴づける由来はもう少し別のところにある気がしてきます。


固体中の衝撃波

 ユゴニオ弾性限界の出自は固体の変形よりはむしろ衝撃波の研究にあります**。歴史的には、ユゴニオ弾性限界の出自は気体や液体について盛んに行われていた衝撃波の研究を固体についても同様に扱おうとする試みの中にあるかと思います。衝撃波の特徴として強調したいのは、以下の図に示すように圧力の変化が衝撃波の前面で不連続に起こるという点です***

図1 衝撃波の模式図

 この点を元に、固体の変形挙動から大雑把に衝撃波が生じる条件について考えてみます。以下に、通常の応力ひずみ線図を示します。以下の式に示すように固体中の音速というのは応力ひずみ線図の各部分での傾きの平方根に比例します。
\[ c \propto \sqrt{\frac{d\sigma}{d\varepsilon}} \]
 降伏応力以下ではフックの法則が成り立つため、傾きはひずみに依存せずヤング率で与えることが出来ますが、降伏応力より高い応力がかかったところでは図のように傾きが連続的に変化するため、それぞれのひずみ量がそれぞれの速度で動くことになります。そして、この図から普通に変形させた時には変形すればするほど変形した部分の移動速度は遅くなることがわかります。

図2 通常の応力ひずみ線図

というわけで、固体を普通に変形させたときには、小さなひずみ(低圧力)が先行し、その後から大きなひずみ(高圧力)が追従するため、衝撃波が発生しないことがわかります。
しかし、普通に変形させなければ話は別です。高速度衝撃で生じる様相を以下の図に示します**。

図3 高速衝撃で生じる一軸ひずみ領域

図にあるように、このような衝突では衝突目標と衝突体の界面付近に1D srain(1軸ひずみ領域)が生じますが、この一軸ひずみ領域の変形は、先程の応力ひずみ線図の場合の一軸引張/圧縮変形とは挙動が大きく異なります。圧縮することが出来る方向が一軸に決められているため、一軸ひずみ変形では軸方向の応力の他に、非常に大きな別の応力成分が生じることが雰囲気わかります。雰囲気雰囲気。なので、その応力ひずみ線図も一軸応力の応力ひずみ線図とは異なることが雰囲気察せられます。そこで、一軸ひずみの応力ひずみ線図(のようなもの)を以下の図に示します。

図4 一軸ひずみの応力ひずみ線図

この図から、大きくひずむほど傾きが大きく、つまり塑性変形の速度は塑性変形するほど大きくなることがわかります。これは期待通りの結果であり、このような変形過程では塑性変形について衝撃波(塑性変形の遷移)が生じることがわかります。この応力ひずみ線図は基本的には熱力学の要請によって決定され、この曲線はHugoniot curve、ユゴニオ曲線と呼ばれます(ユゴニオ曲線はユゴニオ曲線であって、厳密には応力ひずみ線図とは異なりますが…)****


ユゴニオ弾性限界の見積もり

そうするとユゴニオ弾性限界は衝撃波が発生する一軸ひずみ変形が生じる場合の降伏応力と読み替えることが出来るでしょう。そうすると、HEATAPFSDSの侵徹は図3のような一軸ひずみの存在が侵徹過程を通して影響を与える速度域で進行するために、ユゴニオ弾性限界が重要になってくるのかもしれません。

最後に、フックの法則を用いて一軸ひずみの降伏応力(HEL)と一軸応力の降伏応力(Yd)の関係を示して終わります。一般化フックの式で引張成分は以下で与えられますが、

\[ \sigma_{11} = \frac{ \nu E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }(\varepsilon_{11}+\varepsilon_{22}+\varepsilon_{33})+ \frac{E}{1+ \nu } \varepsilon_{11} \]
\[\sigma_{22} = \frac{ \nu E }{(1+\nu) 1- 2\nu}(\varepsilon_{11}+\varepsilon_{22}+\varepsilon_{33})+ \frac{E}{1+\nu}\varepsilon_{22} \]

今回は一軸ひずみを考えているので、ε11以外はゼロとなり、書き下せば以下のようになります。(一軸応力であればσ11だけが非ゼロでその他の応力はゼロになります。vはポアソン比です。
\[ \sigma_{11} = \frac{ \nu E }{( 1 + \nu )( 1- 2 \nu ) }(\varepsilon_{11})+ \frac{E}{1+ \nu } \varepsilon_{11} \]
\[\sigma_{22} = \frac{ \nu E }{(1+\nu) (1- 2\nu)}(\varepsilon_{11}) \]
この二つの応力と、塑性変形が開始する条件を主応力の差が一軸引っ張りの降伏応力と一致する時(トレスカの条件)とすると、一軸ひずみ変形の降伏条件を以下のように得ることが出来ます。
\[\sigma_{11} - \sigma_{22} = Y \]
\[ \sigma_{11}-\sigma_{22} = \frac{E}{1+\nu } \varepsilon_{11} = \frac{1-2\nu}{1-\nu}\sigma_{11}=Y \]
一軸ひずみ変形の降伏応力をHELとおくと、HELは一軸応力の降伏応力の(1-v)/(1-2v)倍となることがわかります。
\[ \mathrm{HEL} = \frac{1-\nu}{1-2\nu}Y \]
ここから、一軸応力での降伏応力がわかればHELは自然とわかり、その逆もそうなります。
まぁユゴニオ弾性限界という語句自体が意味するところはこれくらいで、ここからダイレクトに侵徹にどうこう、と持っていくのはすこし間にギャップがあるような気がします。HEATAPFSDSでよく言われる式として材料の強度を考慮に入れた修正ベルヌーイの式?がありますが、これはHELが条件というよりはむしろ、弾芯がエロージョンを起こしながら侵徹することが条件になってるような気がします。HELは超えているがエロージョンが起きないような状況は普通に起こり得て、以下の図にアルミ合金にタングステンを500 m/sで衝突させたときの応力の時間変化を計算した結果を示しますが**

図4 WプレートをAlプレートに500m/sで衝突させたときの長軸方向の圧力変化

このようなエロージョンが問題にならない場合でも応力はHELを大きく上回ることがわかります。なので、HELだけがHEATAPFSDSを特徴づけると言われるとなんだか不思議な気分になるなぁと思った話でした。

まぁ自分はこの辺全然詳しくないので間違ってたらスミマセン。

*ユゴニオ弾性限界 – Wikipedia
** PJ Hazell: Armour: Materials, Theory, and Design, (2015), CRC Press
***衝撃波 – Wikipedia
****:ユゴニオ曲線はP-V線図なのにどうなったら応力ひずみ線図になるんだ、という点は、横軸を(V0-V)/V0ln(V0/V)とすると一応応力ひずみ線図として示せるかな、と思ってます。

2016年10月29日土曜日

魚雷気室の応力と鋼材の話

 先日魚雷の気室用鋼材について知らない?という話を振られたので夏ぶりに海軍製鋼技術物語を開いてみたり昔の報告書を読んでみたりしてました。で,記事にして公開してもいいよーと言われたので,公開しています。

今回の記事は@JagdChihaさんの魚雷の気室用鋼材と旧海軍の高張力鋼 - Togetterまとめ  に強く影響を受けています。

かなりやられている内容だと思うので、何も新しいところは無いと思いますが一通りググってネタ被りしていなかったのでまあいいかな、なんて思っています。ネタ被りしてたらすみません。

魚雷の気室がどういうものかは自体は自分は全然詳しくないのですが、端的にいえば、外部から酸化剤を供給できないので、魚雷内部に空気等の酸化剤を蓄えるための部屋、という理解でよいのでしょうか?魚雷の射程を伸ばすためには燃料にふさわしい量の酸化剤を供給する必要があり、それを実現するために空気を気室に高圧に供給する必要があったという理解です。酸素でも基本的には状況は一緒でしょうか。

まぁそんなわけでいろんな開発がなされてきたと思うんですが、高強度が必要という割りにはどれくらいが必要なのかよくわからなかったので、Japanese Torpedoes and Tubes-Article 1, Ship and Kaiten Torpedoesを読んでおりましたら、安全率の求め方が載っていました。日本は英国式の安全率の定め方をしていたようですが、基本的にはフープ応力で調べていたようです。フープ応力の定義を以下に示します。フープ応力は一定の内圧が円筒(気室胴体部)にかかっている時、円筒外周部が円周方向に受ける応力です。

フープ応力の定義(内圧の単位は圧力ならなんでもいいです)
応力ひずみ線図と応力の定義(降伏応力=耐力)

応力の定義を念のため示します。内圧や荷重など種々の負荷が材料にかかり、永久変形が起こる場合を考えると、単純には永久変形が生じる瞬間というのは構成する材料の一部に材料の強度以上が負荷された時になります。この、負荷という全体的な力に対して各部分に加わる力と、その材料が変形するか否かということを考える際に応力は非常に有効です(釈迦に説法だとは思いますが…)。

戦前海軍がフープ応力を用いて評価していたことがわかったので、それでは93式酸素をの気室の寸法を持ってきて生じるフープ応力を求めましょう。魚雷の気室は外径が610mm、板厚tが12mmなので内径Dは586mmになります。
93式魚雷一型の酸素気室圧力225 kg/cm^2(22.1MPa)を上式に突っ込むと540MPa、93式魚雷三型の200 kg/cm^2(19.6MPa)では478 MPaとなります。
海軍は負荷内圧で生じるフープ応力に対して安全率として1.5をかけていたので、それらに採用される鋼材は最大引張強度でそれぞれ810MPa, 718MPaが求められます。内圧を200気圧から230気圧まであげるだけで、要求される最大引張強度は100MPa以上上昇しています。よって、より高い気圧で酸化剤を入れようとするならばそれに比例して鋼材の強度の向上が求められたことがわかります。

そういうわけで終戦までに存在した魚雷の気室材の規格を海軍製鋼技術物語とから引っ張ってきて示しますと、以下のような表になります。

戦前魚雷用気質材として用いられた鋼種


開発時点における93式魚雷気室材の規格はV7であり、耐力は980MPa、最大引張強度は1.1 GPaと高い値となっています。鋼材組成の推移については興味深い点もありますが、熱処理が不明瞭なこともありここではおいておきます。ここで少し気になる点は、いずれの鋼種の最大引張強度も上記計算から必要とされる800MPaを有に超えている点です。静的強度で比較する限り、新規に開発する必要は別段ないように感じます。

 一方で、海軍製鋼技術物語にあるように気室材は繰返し荷重に耐えることが求められていました。この辺の理由についてよくわからんとぼやいていた所、@mitsukiさんから



と教えていただきました。
 このような運用で繰り返し内圧が負荷されるとき、静的強度だけでなく疲労破壊と呼ばれる現象が問題になってきます。疲労破壊というのは、耐力以下の負荷応力しかなくともその荷重が繰返し作用することで破断に至る現象です。これは基本的には、鋼材中の変形しやすい部分は耐力以下の応力でも変形することが可能であり、その変形が繰り返し作用することでわずかずつき裂が進展していくためと言われています。より正確を期して言えば、(一軸応力の場合)多数の結晶からなる鋼に荷重が作用すると、応力に対してより変形しやすい方向を向いている結晶粒は全体が降伏に達する前の応力でも変形することが可能であるためです。均質に調質されていてもこの状況は変わりません。介在物などは応力状態を変えるので疲労強度に影響があります(偏析に伴うMnS(ゴースト)や製鋼中に混入した酸化物(砂疵)とか)。

 戦前の鋼材について疲労試験を行った話を探すと陸軍航空技術研究所の人が1934年に鉄と鋼に投稿した特殊鋼の分離抗張力と疲勞による耐久力に就て(I)及び(II)が広く取り扱っていて勉強になります。筆者らの結果は様々なデータを異なる鋼種で試験を行っており、なかなか整理しにくいところがあるものの、1930年代には表に出すことができる形で疲労の研究が行われていることを示しており興味深いです。また,先述のように海軍でも魚雷気質材の鋼鈑に対して繰り返し押力を負荷して破断回数を求めています。

 ただ、戦前の疲労試験は主に衝撃荷重を用いて行っていたり,海軍製鋼技術物語の試験では応力は簡単にはわからなかったり、なかなか実際への適用は難しいところがあります。そこで戦後行われた研究を用いて当時の鋼材を概観してみたいと思います。呉で行われていた疲労試験は1000回以下の繰り返し数であり、普通は低サイクル疲労と呼ばれる領域に当たります。以下に高抗張力鋼の低サイクル疲労強度から作製した焼戻し温度を変えたNi-Cr-Mo-V鋼の破断強度-繰り返し負荷数の図を示します。また、図中実線は平滑な丸棒試験片を用いた疲労試験、一点鎖線は切り欠き付きの丸棒試験片の結果です。破断伸びは310度焼戻しで13%, 650度焼戻しで17%,絞りはそれぞれ51%,61%です。

破断応力と繰り返し数の関係

 この図から二つのことがわかります。一つは平滑試験片であれば1000回程度の繰り返し数までは一定の強度を維持し、また10万回程度までは高強度な310度焼戻し材は650度焼戻し材より高い強度を維持すること、もう一つは切り欠きがあるとその応力は100回程度の繰り返し数から現象を始め、310度焼戻し材の強度は繰り返し数が増えるとともに大きく減少することです。
 つまり、欠陥がなければ低延性高強度な材料も高い疲労強度を示しますが、欠陥があれば繰返し荷重のもとでは低延性な材料は静的強度が低い材料よりも弱くなることを示しています。切り欠き試験片ほどの明瞭な切り欠きというのは実際には魚雷気室円筒部には存在しませんが、製鋼過程で生じるゴースト)や製鋼中に混入した酸化物(砂疵)はこのような切り欠きとして作用します。

 以上のことを踏まえて再び設計応力に戻ってみます。Japanese Torpedoes and Tubes-Article 1, Ship and Kaiten Torpedoesには、魚雷気室に繰り返し内圧を負荷したときの結果もあり、それによれば負荷内圧25 MPa(フープ応力610MPa)に1000回程度耐えれば満足だったようです。
 一軸応力とフープ応力を純粋に比較することは危険ですが、これはV7の最大引張強度である1.1 GPaから500 MPa程度減少した値となっています。V7は従来の鋼種と同等の延性靭性を確保していますので、乱暴に破断強度-繰り返し負荷数の関係が最大引張強度に比例し形状を維持すると仮定すれば、従来の最大引張強度950MPaの鋼種では1000回での破断応力は450 MPaとなり、これは93式酸素魚雷の気室内圧から生じる478MPaを下回ります。

 このように考えると、V7の要求仕様はなるほどと思うところがあります。(疲労は全然詳しくないので的はずれな議論だったらすみません)
 なお,海軍製鋼技術物語中で海軍がアメリカの魚雷気室材を調査した所、V7に比べて100MPa程度強度が低かったが問題がなかったことを述べていますが、これはこの辺の疲労に求められる要件が違うからだと思います。戦前のアメリカのNiCrMo鋼の溶接部が果たして健全だったかと言われるとリバティ船の例をみても,ちょっと信じられないところがあります。

 以上は機械的な観点からの話ですが,少しだけ鋼種の組成について触れてみます。従来の鋼種は基本的にはNi-Mo鋼あるいはNi-Cr-Mo鋼です。ここで重要なのは初期には焼戻しで高い強度を得るためにCrではなくMoを選択している点です。
 これは当時の魚雷気室材の研究の流れが強度を重視しており、焼入れ性や表面硬さ、靭性を意識していた装甲材のNi-Cr鋼とは異なる流れだったことを意味しています。そしてこの流れが極まったものがV6ということになるでしょう。しかしV6は高価なNi,Moを従来鋼種に比べて多量に含んでいたため、これらの節減が求められた結果現れたのがV7となります。
 V7の組成について特筆すべき点として、Cuの添加があげられます。Cuはフェライト中にほとんど固溶しないため、焼戻し時に析出し強度を向上させます。
 V6,V7の開発にはCu添加Ni-Cr鋼であるCNC甲板の開発に関わった佐々川清が関わっており、また開発も同時期であるため、両者は同じ考え方に基づいてCuが添加されたものと考えられます。その意味で、似ているようで異なる流れで開発されてきた装甲材と気質材がCNCとV7で一部合流するというのは楽しいですね。
 V8以降は資源節約のために更にNi,Moを減らしていますが、機械的特性は厳しい状況だったようで、疲労試験の結果も戦争後期には悪化していたようです。

最後に、魚雷の気室用鋼材の耐力がやたら高い点について少しだけ。

 鉄は組成と同じくらい熱処理も重要です。特に焼戻し温度と時間は機械的特性に大きな影響を与えます。フランスの圧力容器用高張力鋼板のCLARM HB7の焼戻し温度と強度、延性、靭性の図を示します。

HB7の機械的特性と焼戻し温度の関係

この図から明らかなように、強度は焼戻し温度600度程度から急速に減少します。これは鉄の再結晶温度がこのあたりにあり、この温度以上では焼入れ時のマルテンサイト組織が崩壊し始めるためです。そこで、高い強度を得たければ600度以下、靭性と強度のバランスを維持したければ600度以上が良いということになります。
 実際、V7は580度で焼戻しされて耐力は1GPa以上ですが、VH甲板などは650度で長時間焼き戻される結果,耐力は500MPa程度です。これは耐力と最大引張強度の比で見るとさらに顕著です。
 図のように焼き戻し温度が低温なほど強度は上がるのですが、500-550度で焼き戻すと著しく脆化するため普通はこの温度では焼き戻しません。なので強度がほしければ550-600度、靭性も欲しければ600-650度(Ac1点以下)という風に普通はなっていると思います。
 後は製鋼プロセスの発展で介在物が減ってみたりVを添加してみたりしながら靭性を稼ぎ始めると現代的な鋼種に近づくように思います。戦前の装甲材のシャルピー衝撃試験の結果と現在の3.5NiCrMoV鋼を比較するとその発展がよく見えます。

以上です。
疲労という観点で整理すると高強度材の開発が必要な理由がなんとなくですがつかめそうという話でした。

2016年10月22日土曜日

フランスの原発の鋼材が炭素偏析で強度不足の可能性な話。

お世話になっています。鹿部です。
8月末から9月初めに掛けて
仏原発の原子炉鋼材、強度不足の懸念 国内の調査指示へ:朝日新聞デジタル
強度不足疑いのメーカー製鋼材、8原発13基で使用  :日本経済新聞 
のような報道がありました。

この初期の一連の流れは、@hebotantoさんが@Ton_beriさんなどのツイートをまとめられた@2016/09/05 鍛造と炭素偏折と(メモ) - Togetterまとめ がよくまとめられているように思います。
この報道の初期にはフランスのクルゾフォルジュ社(クルゾ社)が製造した一部の部材にこのような問題が見られ、国内の一部メーカーも同様な手法で製造を行っているため、同様の問題が生じている可能性があるため調査を行うという話でした。

その後、今週に入って原子力規制委員会の委員会で再びこの件が議題に取り上げられたことで、以下のような報道がなされました。
仏原発5基の検査前倒し 強度不足の疑い  :日本経済新聞 
仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委:朝日新聞デジタル 
玄海原発などの圧力容器 強度不足「可能性低い」|佐賀新聞LiVE 
朝日新聞は大きく出たな、という見出しですが、実際のところはどうなんでしょうか?

これについては原子力規制委員会から問題の日本鋳鍛鋼自身がデータを示しているのでそれを参考にするのが良いように思います。
第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等について

一度、問題の整理をします。
今回問題になっているのは、フランス国内の原発についてクルゾフォルジュ社(クルゾ社)及び日本鋳鍛鋼が製造した蒸気発生器の下鏡(下図青い部分)と呼ばれる部材です*。

このような大型部材を製造する際、大型の鋼塊を一度作り、それをプレス機で鍛造を行うか、圧延機で圧延するかという二通りの方法で作られます。今回問題になっているのは、この鍛造品を作る際に、原料鋼塊中の炭素濃度にムラが生じ、それが強度を下げているのではないか?という点です。

炭素偏析と強度不足について一度整理をしておきたいと思います。
炭素偏析は言葉から察すると溶鋼中の炭素濃度のムラのような印象を与えますが、実際にはかなりまとまった分布をもって生じることが知られています。代表的なものを以下の図に示します**。この図は鋼塊の模式図であり、中に+及び-が書き込まれています。この+や-は溶鋼の成分分析値から炭素などの成分がどのようにずれるかを示しています。
今問題になっている偏析は図上部の鋳型の注ぎ口近辺に生じる偏析で、その他の偏析は問題になっていないのでここでは無視します。
 この偏析が生じる理由はジュースを凍らせる話がよく例に出されます。水に塩や砂糖などを入れると融点が下がりますが、このような添加物を含む水を凍らせると、まずは一番融点が高く凍りやすい添加物をあまり含まない氷ができます。すると、氷に含まれなかった添加物は凍っていない水の方に排出されますので、水のほうの添加物の濃度は少し上がります。途中まではこれは水の対流により均されて大した問題にならないのですが、固まる最後の段階ではどうしても添加物の濃度が高いまま凍る事になります。これの水を溶鋼、添加物はC、Ni、Crなどに置き換えれば今回の問題に大体通じます。
 さて、そうして炭素偏析により炭素を多く含む部位を有する鋼材が出来たわけですが、この鋼材について強度不足という表現を用いるのは違和感があります。普通炭素量が多くなれば強度は上がります(例えば針金とピアノ線の違い)。そこでもう少し適切な表現を探すなら靭性不足という表現が適切なように思います。靭性の定義は色々あって難しいのですが、ここでは衝撃が加わったときにどれだけ衝撃に耐えられるか?という視点で考えるのがいいように思います。これを評価する試験にシャルピー衝撃試験というものがあり、この尺度で炭素偏析のある部材の機械試験結果を見ると、たしかに炭素偏析偏析が生じた部材に問題があることがわかります**。


以上を踏まえて第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等についての日本鋳鍛鋼(JCFC)の資料について見てみます。ちょっとスライドの順番から外れるのですが、JCFCがこの偏析についてどのように評価しているのかを示す図を以下に示します。

スライド中央のモデルは鋼塊の模型であり、上部の押湯という部分は凝固に伴う凝固収縮が製品部に入らないよう設けている部分です右のグラフはモデルが凝固する際の炭素濃度の変化を示しています。一番上が鋼塊最上部、一番下が最下部です。凝固は下から上に進むので、60%凝固したあたりから炭素濃度が増加することがわかります。これだと少しわかりにくいので、JCFCのスライドから、典型例として玄海2号機向け蒸気発生器上蓋の実績を見てみます。左側図が鋼塊模式図で押湯部、押湯中偏析部と切り捨て部が網掛けで示されています。中央図は鍛造材と仕上がり寸法の模式図をであり、図右側はこの鋼塊に生じる炭素偏析の計算結果と、実際に使用した部位(網掛け部)を示しています。
この図からわかるように、玄海2号機の上蓋は炭素偏析が十分小さくなった部位を用いて製造されていることがわかります。国内向けについてはいずれも同様であり、佐賀新聞の玄海原発などの圧力容器 強度不足「可能性低い」は妥当であることがわかりました。

 では、朝日新聞の仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委はどうでしょうか?スライドの最初に戻ってフランス原発向けSG水室のスライドを見ます。

こちらの製品は確かに指摘通り多くの部分が炭素偏析が生じる領域を含んでいます。鋼塊のサイズは先程の国内向けに比べて半分程度の120t鋼塊であり、使用されている原発のサイズ感はわかりませんが、国内向けに比べて余裕のない設計になっています。なぜ日本鋳鍛鋼はこのような余裕のない設計をしてしまったのでしょうか…。
これはスライドにも書いていますがなんてことはない、「製造当時顧客から製品頂部に対する製品分析の要求はな」く、「RCC-M規格に準拠した顧客要求仕様書に規定される製造プロセスおよび検査項目・基準に適合するための製造検査要領書を提出し、顧客の承認を得て製造を開始した」ためです。

まぁ…あれですよね…フランス側の責任ですよね…。
ちなみにこの規格は「2005年に改訂され」(仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委)、その結果JCFCの製品が規格に適合しなくなったという話だそうです。なんで朝日新聞はタイトルがそれで中にそんな重要なことを書いているんですかね…。

ちなみに、フランスの原発におけるこの部位の製造者はクルゾ社、JCFC、日本製鋼所(JSW)の三社ですが、JSWの鋼塊については問題視されていません。そこでJSWの鋼塊の実績を見てみます*。
偏析の基準値以上が全て押湯部に収まっていてちょっとびっくりしますねこれは。

以上です。

*第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等について
**「フラマンビル3号機(EPR)におけるRV材料(上蓋、下鏡等)の鋼材組成に関する問題」

2016年10月6日木曜日

セルフシャープニングの覚え書き

お世話になってます。以前ツイッターのほうで装甲材と砲身材の違いについてかくかーとか行ってたんですけど、おもったより需要が機械的性質よりだったのでどういうのがいいのか考え中です。

今回はセルフシャープニングについて調べてたら面白かったので,一度まとめる意味でメモ書き程度の内容です。

セルフシャープニングは、劣化ウラン(DU)の高速度衝突で生じるものが特に有名です。セルフシャープニングは高速度で起こるせん断によって形状が先鋭化する現象について名づけられたものですが、材料の変形挙動としては、Adiabatic shear、 断熱せん断と呼ばれるものに基づいて起こっているそうです。

断熱せん断の特徴はせん断荷重を受ける部位のみが集中的にせん断変形を起こしそれ以外の部位はほとんど変形を起こさないところにあります。断熱せん断という意味は、高速度衝撃では極めて短時間のうちに現象が終了するので塑性変形により生じる加工熱はその外側にほとんど伝熱せず、断熱過程で生じるためのようです。断熱せん断過程ではこのせん断部位に断熱的に起こる発熱が強く関わっているので、今回はそれを見ながら考えて見たいと思います。

まず、塑性変形が局所的に生じる現象について外観したいと思います。断熱せん断に限らなければ、塑性変形が局所的に生じる物質は身近に存在しており、軟鋼がそれです。そこで、軟鋼の応力ひずみ線図を以下(Wikipedia)に示します。応力が上降伏点(PeH)を超えて降伏点減少が起きると試験片にはリューダース帯を生じますが、このリューダース帯が試験片を横断するまで塑性変形はリューダース帯境界にのみ集中して生じます。これは未降伏な部分の変形に要する応力が上降伏点だけ必要なのに対して、降伏済み(リューダース帯境界部)の変形には下降伏点(PeL)だけでよいため、自然に理解される事柄だと思います。
軟鋼の応力ひずみ線図

変形の局所化という意味では、応力ひずみ線図の最大引張強度(Pm)を超えた後の変形も同様に局所化しています。これについて少し考えてみます。一軸引張りを受ける試験片が降伏すると加工硬化(変形と共に強度が上昇)します。一方で、縦に伸びた分だけ試験片面積は減少するので、全体が均一に変形するためには、そのひずみにおいて少し伸びたときの応力の増分と掛かっている応力とが釣り合うことが不可欠です。この関係が成り立たなくなった時、試験片のある箇所に変形が集中することになり、その部分のみがどんどんと伸び、断面は減少していきます。この場合試験片はネッキングを生じ、ネッキング部に変形が集中します。

何にせよ、ひずみが律速する過程においては加工に伴う硬化が付加される応力よりも下回った時、変形の局所化が生じることになります。 

高速度変形では、この応力と加工硬化との釣り合いの関係に、塑性変形により生じる発熱が加工部に蓄積するという要因が加わります。塑性変形が生じると、それに伴って生じる熱量によりせん断変形部の温度は上昇します。高速度変形では、生じた熱が拡散する伝熱速度に比べてひずみの蓄積のほうが圧倒的に高いため、熱は外部に逃げることなく、断熱的に進行します。よく知られているように、ほとんどの金属材料は温度が上がると軟化するため、塑性変形とともに材料は軟化することになります。一方で、ひずみの進行とともに加工硬化も生じるので、このような変形下で軟化が生じるかは両者の兼ね合いとなります。これらの影響を与える式をまとめて示すと、以下の式になります。


先程の議論から、塑性変形の局所化は最大応力を示すひずみ量(上式=0になるひずみ量)で生じます。この状況が達成された時、材料は断熱せん断によって変形します(という理解です)というのがざくっとしたAdiabatic shearの解釈になるのかな、と思います。右辺第一項は加工硬化、第二項は応力のひずみ速度依存性、第三項は応力の温度依存性を示しているので、この3つを調べれば判定できるということに一応はなります(Rechtは別のを提案してますが、まぁ…)
これを前提に劣化ウラン弾とタングステンの動的強度と温度依存性を調べて比較してみたんですが意外に系統立てて説明できなくてちょっと困ってます。なにかあるんでしょうね。ウランは高温で軟質相に相変態すると説明しているのがあるんですが、1 μs以下のスパンで相変態するのかな?と思ってちょっと不思議に思っています。拡散による変態なのに変態速度が鉄のマルテンサイトが成長する速度よりも早くなってしまうような気がします。
一方で、変形が必ず局在化する金属ガラスという変わった材料もあり、これは少しだけ調べられている形跡があります。また、セルフシャープニングを起こさないと言われるタングステンでも、製造プロセスによってはセルフシャープニングを生じるようになると言われています。このあたりの議論は基本的にはAdiabatic shearに基づいて議論されているので、この辺を踏まえていると読みやすくなるのかな、と思います。


ただ、セルフシャープニングが効果的なのは弾着時の速度が1000~1500 m/sの領域で、それ以降ではタングステンとの差が縮まってくるようなので(例えば、High Velocity Performance of a Uranium Alloy Long Rod Penetrator, Fig. 6, 7)、砲弾の火薬の性能が上がってくるとあんまり重要じゃなくなってくるのかもしれませんね。現象としては面白いですががが。