2016年10月29日土曜日

魚雷気室の応力と鋼材の話

 先日魚雷の気室用鋼材について知らない?という話を振られたので夏ぶりに海軍製鋼技術物語を開いてみたり昔の報告書を読んでみたりしてました。で,記事にして公開してもいいよーと言われたので,公開しています。

今回の記事は@JagdChihaさんの魚雷の気室用鋼材と旧海軍の高張力鋼 - Togetterまとめ  に強く影響を受けています。

かなりやられている内容だと思うので、何も新しいところは無いと思いますが一通りググってネタ被りしていなかったのでまあいいかな、なんて思っています。ネタ被りしてたらすみません。

魚雷の気室がどういうものかは自体は自分は全然詳しくないのですが、端的にいえば、外部から酸化剤を供給できないので、魚雷内部に空気等の酸化剤を蓄えるための部屋、という理解でよいのでしょうか?魚雷の射程を伸ばすためには燃料にふさわしい量の酸化剤を供給する必要があり、それを実現するために空気を気室に高圧に供給する必要があったという理解です。酸素でも基本的には状況は一緒でしょうか。

まぁそんなわけでいろんな開発がなされてきたと思うんですが、高強度が必要という割りにはどれくらいが必要なのかよくわからなかったので、Japanese Torpedoes and Tubes-Article 1, Ship and Kaiten Torpedoesを読んでおりましたら、安全率の求め方が載っていました。日本は英国式の安全率の定め方をしていたようですが、基本的にはフープ応力で調べていたようです。フープ応力の定義を以下に示します。フープ応力は一定の内圧が円筒(気室胴体部)にかかっている時、円筒外周部が円周方向に受ける応力です。

フープ応力の定義(内圧の単位は圧力ならなんでもいいです)
応力ひずみ線図と応力の定義(降伏応力=耐力)

応力の定義を念のため示します。内圧や荷重など種々の負荷が材料にかかり、永久変形が起こる場合を考えると、単純には永久変形が生じる瞬間というのは構成する材料の一部に材料の強度以上が負荷された時になります。この、負荷という全体的な力に対して各部分に加わる力と、その材料が変形するか否かということを考える際に応力は非常に有効です(釈迦に説法だとは思いますが…)。

戦前海軍がフープ応力を用いて評価していたことがわかったので、それでは93式酸素をの気室の寸法を持ってきて生じるフープ応力を求めましょう。魚雷の気室は外径が610mm、板厚tが12mmなので内径Dは586mmになります。
93式魚雷一型の酸素気室圧力225 kg/cm^2(22.1MPa)を上式に突っ込むと540MPa、93式魚雷三型の200 kg/cm^2(19.6MPa)では478 MPaとなります。
海軍は負荷内圧で生じるフープ応力に対して安全率として1.5をかけていたので、それらに採用される鋼材は最大引張強度でそれぞれ810MPa, 718MPaが求められます。内圧を200気圧から230気圧まであげるだけで、要求される最大引張強度は100MPa以上上昇しています。よって、より高い気圧で酸化剤を入れようとするならばそれに比例して鋼材の強度の向上が求められたことがわかります。

そういうわけで終戦までに存在した魚雷の気室材の規格を海軍製鋼技術物語とから引っ張ってきて示しますと、以下のような表になります。

戦前魚雷用気質材として用いられた鋼種


開発時点における93式魚雷気室材の規格はV7であり、耐力は980MPa、最大引張強度は1.1 GPaと高い値となっています。鋼材組成の推移については興味深い点もありますが、熱処理が不明瞭なこともありここではおいておきます。ここで少し気になる点は、いずれの鋼種の最大引張強度も上記計算から必要とされる800MPaを有に超えている点です。静的強度で比較する限り、新規に開発する必要は別段ないように感じます。

 一方で、海軍製鋼技術物語にあるように気室材は繰返し荷重に耐えることが求められていました。この辺の理由についてよくわからんとぼやいていた所、@mitsukiさんから



と教えていただきました。
 このような運用で繰り返し内圧が負荷されるとき、静的強度だけでなく疲労破壊と呼ばれる現象が問題になってきます。疲労破壊というのは、耐力以下の負荷応力しかなくともその荷重が繰返し作用することで破断に至る現象です。これは基本的には、鋼材中の変形しやすい部分は耐力以下の応力でも変形することが可能であり、その変形が繰り返し作用することでわずかずつき裂が進展していくためと言われています。より正確を期して言えば、(一軸応力の場合)多数の結晶からなる鋼に荷重が作用すると、応力に対してより変形しやすい方向を向いている結晶粒は全体が降伏に達する前の応力でも変形することが可能であるためです。均質に調質されていてもこの状況は変わりません。介在物などは応力状態を変えるので疲労強度に影響があります(偏析に伴うMnS(ゴースト)や製鋼中に混入した酸化物(砂疵)とか)。

 戦前の鋼材について疲労試験を行った話を探すと陸軍航空技術研究所の人が1934年に鉄と鋼に投稿した特殊鋼の分離抗張力と疲勞による耐久力に就て(I)及び(II)が広く取り扱っていて勉強になります。筆者らの結果は様々なデータを異なる鋼種で試験を行っており、なかなか整理しにくいところがあるものの、1930年代には表に出すことができる形で疲労の研究が行われていることを示しており興味深いです。また,先述のように海軍でも魚雷気質材の鋼鈑に対して繰り返し押力を負荷して破断回数を求めています。

 ただ、戦前の疲労試験は主に衝撃荷重を用いて行っていたり,海軍製鋼技術物語の試験では応力は簡単にはわからなかったり、なかなか実際への適用は難しいところがあります。そこで戦後行われた研究を用いて当時の鋼材を概観してみたいと思います。呉で行われていた疲労試験は1000回以下の繰り返し数であり、普通は低サイクル疲労と呼ばれる領域に当たります。以下に高抗張力鋼の低サイクル疲労強度から作製した焼戻し温度を変えたNi-Cr-Mo-V鋼の破断強度-繰り返し負荷数の図を示します。また、図中実線は平滑な丸棒試験片を用いた疲労試験、一点鎖線は切り欠き付きの丸棒試験片の結果です。破断伸びは310度焼戻しで13%, 650度焼戻しで17%,絞りはそれぞれ51%,61%です。

破断応力と繰り返し数の関係

 この図から二つのことがわかります。一つは平滑試験片であれば1000回程度の繰り返し数までは一定の強度を維持し、また10万回程度までは高強度な310度焼戻し材は650度焼戻し材より高い強度を維持すること、もう一つは切り欠きがあるとその応力は100回程度の繰り返し数から現象を始め、310度焼戻し材の強度は繰り返し数が増えるとともに大きく減少することです。
 つまり、欠陥がなければ低延性高強度な材料も高い疲労強度を示しますが、欠陥があれば繰返し荷重のもとでは低延性な材料は静的強度が低い材料よりも弱くなることを示しています。切り欠き試験片ほどの明瞭な切り欠きというのは実際には魚雷気室円筒部には存在しませんが、製鋼過程で生じるゴースト)や製鋼中に混入した酸化物(砂疵)はこのような切り欠きとして作用します。

 以上のことを踏まえて再び設計応力に戻ってみます。Japanese Torpedoes and Tubes-Article 1, Ship and Kaiten Torpedoesには、魚雷気室に繰り返し内圧を負荷したときの結果もあり、それによれば負荷内圧25 MPa(フープ応力610MPa)に1000回程度耐えれば満足だったようです。
 一軸応力とフープ応力を純粋に比較することは危険ですが、これはV7の最大引張強度である1.1 GPaから500 MPa程度減少した値となっています。V7は従来の鋼種と同等の延性靭性を確保していますので、乱暴に破断強度-繰り返し負荷数の関係が最大引張強度に比例し形状を維持すると仮定すれば、従来の最大引張強度950MPaの鋼種では1000回での破断応力は450 MPaとなり、これは93式酸素魚雷の気室内圧から生じる478MPaを下回ります。

 このように考えると、V7の要求仕様はなるほどと思うところがあります。(疲労は全然詳しくないので的はずれな議論だったらすみません)
 なお,海軍製鋼技術物語中で海軍がアメリカの魚雷気室材を調査した所、V7に比べて100MPa程度強度が低かったが問題がなかったことを述べていますが、これはこの辺の疲労に求められる要件が違うからだと思います。戦前のアメリカのNiCrMo鋼の溶接部が果たして健全だったかと言われるとリバティ船の例をみても,ちょっと信じられないところがあります。

 以上は機械的な観点からの話ですが,少しだけ鋼種の組成について触れてみます。従来の鋼種は基本的にはNi-Mo鋼あるいはNi-Cr-Mo鋼です。ここで重要なのは初期には焼戻しで高い強度を得るためにCrではなくMoを選択している点です。
 これは当時の魚雷気室材の研究の流れが強度を重視しており、焼入れ性や表面硬さ、靭性を意識していた装甲材のNi-Cr鋼とは異なる流れだったことを意味しています。そしてこの流れが極まったものがV6ということになるでしょう。しかしV6は高価なNi,Moを従来鋼種に比べて多量に含んでいたため、これらの節減が求められた結果現れたのがV7となります。
 V7の組成について特筆すべき点として、Cuの添加があげられます。Cuはフェライト中にほとんど固溶しないため、焼戻し時に析出し強度を向上させます。
 V6,V7の開発にはCu添加Ni-Cr鋼であるCNC甲板の開発に関わった佐々川清が関わっており、また開発も同時期であるため、両者は同じ考え方に基づいてCuが添加されたものと考えられます。その意味で、似ているようで異なる流れで開発されてきた装甲材と気質材がCNCとV7で一部合流するというのは楽しいですね。
 V8以降は資源節約のために更にNi,Moを減らしていますが、機械的特性は厳しい状況だったようで、疲労試験の結果も戦争後期には悪化していたようです。

最後に、魚雷の気室用鋼材の耐力がやたら高い点について少しだけ。

 鉄は組成と同じくらい熱処理も重要です。特に焼戻し温度と時間は機械的特性に大きな影響を与えます。フランスの圧力容器用高張力鋼板のCLARM HB7の焼戻し温度と強度、延性、靭性の図を示します。

HB7の機械的特性と焼戻し温度の関係

この図から明らかなように、強度は焼戻し温度600度程度から急速に減少します。これは鉄の再結晶温度がこのあたりにあり、この温度以上では焼入れ時のマルテンサイト組織が崩壊し始めるためです。そこで、高い強度を得たければ600度以下、靭性と強度のバランスを維持したければ600度以上が良いということになります。
 実際、V7は580度で焼戻しされて耐力は1GPa以上ですが、VH甲板などは650度で長時間焼き戻される結果,耐力は500MPa程度です。これは耐力と最大引張強度の比で見るとさらに顕著です。
 図のように焼き戻し温度が低温なほど強度は上がるのですが、500-550度で焼き戻すと著しく脆化するため普通はこの温度では焼き戻しません。なので強度がほしければ550-600度、靭性も欲しければ600-650度(Ac1点以下)という風に普通はなっていると思います。
 後は製鋼プロセスの発展で介在物が減ってみたりVを添加してみたりしながら靭性を稼ぎ始めると現代的な鋼種に近づくように思います。戦前の装甲材のシャルピー衝撃試験の結果と現在の3.5NiCrMoV鋼を比較するとその発展がよく見えます。

以上です。
疲労という観点で整理すると高強度材の開発が必要な理由がなんとなくですがつかめそうという話でした。

2016年10月22日土曜日

フランスの原発の鋼材が炭素偏析で強度不足の可能性な話。

お世話になっています。鹿部です。
8月末から9月初めに掛けて
仏原発の原子炉鋼材、強度不足の懸念 国内の調査指示へ:朝日新聞デジタル
強度不足疑いのメーカー製鋼材、8原発13基で使用  :日本経済新聞 
のような報道がありました。

この初期の一連の流れは、@hebotantoさんが@Ton_beriさんなどのツイートをまとめられた@2016/09/05 鍛造と炭素偏折と(メモ) - Togetterまとめ がよくまとめられているように思います。
この報道の初期にはフランスのクルゾフォルジュ社(クルゾ社)が製造した一部の部材にこのような問題が見られ、国内の一部メーカーも同様な手法で製造を行っているため、同様の問題が生じている可能性があるため調査を行うという話でした。

その後、今週に入って原子力規制委員会の委員会で再びこの件が議題に取り上げられたことで、以下のような報道がなされました。
仏原発5基の検査前倒し 強度不足の疑い  :日本経済新聞 
仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委:朝日新聞デジタル 
玄海原発などの圧力容器 強度不足「可能性低い」|佐賀新聞LiVE 
朝日新聞は大きく出たな、という見出しですが、実際のところはどうなんでしょうか?

これについては原子力規制委員会から問題の日本鋳鍛鋼自身がデータを示しているのでそれを参考にするのが良いように思います。
第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等について

一度、問題の整理をします。
今回問題になっているのは、フランス国内の原発についてクルゾフォルジュ社(クルゾ社)及び日本鋳鍛鋼が製造した蒸気発生器の下鏡(下図青い部分)と呼ばれる部材です*。

このような大型部材を製造する際、大型の鋼塊を一度作り、それをプレス機で鍛造を行うか、圧延機で圧延するかという二通りの方法で作られます。今回問題になっているのは、この鍛造品を作る際に、原料鋼塊中の炭素濃度にムラが生じ、それが強度を下げているのではないか?という点です。

炭素偏析と強度不足について一度整理をしておきたいと思います。
炭素偏析は言葉から察すると溶鋼中の炭素濃度のムラのような印象を与えますが、実際にはかなりまとまった分布をもって生じることが知られています。代表的なものを以下の図に示します**。この図は鋼塊の模式図であり、中に+及び-が書き込まれています。この+や-は溶鋼の成分分析値から炭素などの成分がどのようにずれるかを示しています。
今問題になっている偏析は図上部の鋳型の注ぎ口近辺に生じる偏析で、その他の偏析は問題になっていないのでここでは無視します。
 この偏析が生じる理由はジュースを凍らせる話がよく例に出されます。水に塩や砂糖などを入れると融点が下がりますが、このような添加物を含む水を凍らせると、まずは一番融点が高く凍りやすい添加物をあまり含まない氷ができます。すると、氷に含まれなかった添加物は凍っていない水の方に排出されますので、水のほうの添加物の濃度は少し上がります。途中まではこれは水の対流により均されて大した問題にならないのですが、固まる最後の段階ではどうしても添加物の濃度が高いまま凍る事になります。これの水を溶鋼、添加物はC、Ni、Crなどに置き換えれば今回の問題に大体通じます。
 さて、そうして炭素偏析により炭素を多く含む部位を有する鋼材が出来たわけですが、この鋼材について強度不足という表現を用いるのは違和感があります。普通炭素量が多くなれば強度は上がります(例えば針金とピアノ線の違い)。そこでもう少し適切な表現を探すなら靭性不足という表現が適切なように思います。靭性の定義は色々あって難しいのですが、ここでは衝撃が加わったときにどれだけ衝撃に耐えられるか?という視点で考えるのがいいように思います。これを評価する試験にシャルピー衝撃試験というものがあり、この尺度で炭素偏析のある部材の機械試験結果を見ると、たしかに炭素偏析偏析が生じた部材に問題があることがわかります**。


以上を踏まえて第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等についての日本鋳鍛鋼(JCFC)の資料について見てみます。ちょっとスライドの順番から外れるのですが、JCFCがこの偏析についてどのように評価しているのかを示す図を以下に示します。

スライド中央のモデルは鋼塊の模型であり、上部の押湯という部分は凝固に伴う凝固収縮が製品部に入らないよう設けている部分です右のグラフはモデルが凝固する際の炭素濃度の変化を示しています。一番上が鋼塊最上部、一番下が最下部です。凝固は下から上に進むので、60%凝固したあたりから炭素濃度が増加することがわかります。これだと少しわかりにくいので、JCFCのスライドから、典型例として玄海2号機向け蒸気発生器上蓋の実績を見てみます。左側図が鋼塊模式図で押湯部、押湯中偏析部と切り捨て部が網掛けで示されています。中央図は鍛造材と仕上がり寸法の模式図をであり、図右側はこの鋼塊に生じる炭素偏析の計算結果と、実際に使用した部位(網掛け部)を示しています。
この図からわかるように、玄海2号機の上蓋は炭素偏析が十分小さくなった部位を用いて製造されていることがわかります。国内向けについてはいずれも同様であり、佐賀新聞の玄海原発などの圧力容器 強度不足「可能性低い」は妥当であることがわかりました。

 では、朝日新聞の仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委はどうでしょうか?スライドの最初に戻ってフランス原発向けSG水室のスライドを見ます。

こちらの製品は確かに指摘通り多くの部分が炭素偏析が生じる領域を含んでいます。鋼塊のサイズは先程の国内向けに比べて半分程度の120t鋼塊であり、使用されている原発のサイズ感はわかりませんが、国内向けに比べて余裕のない設計になっています。なぜ日本鋳鍛鋼はこのような余裕のない設計をしてしまったのでしょうか…。
これはスライドにも書いていますがなんてことはない、「製造当時顧客から製品頂部に対する製品分析の要求はな」く、「RCC-M規格に準拠した顧客要求仕様書に規定される製造プロセスおよび検査項目・基準に適合するための製造検査要領書を提出し、顧客の承認を得て製造を開始した」ためです。

まぁ…あれですよね…フランス側の責任ですよね…。
ちなみにこの規格は「2005年に改訂され」(仏原発4基で強度懸念、日本製部品が原因 原子力規制委)、その結果JCFCの製品が規格に適合しなくなったという話だそうです。なんで朝日新聞はタイトルがそれで中にそんな重要なことを書いているんですかね…。

ちなみに、フランスの原発におけるこの部位の製造者はクルゾ社、JCFC、日本製鋼所(JSW)の三社ですが、JSWの鋼塊については問題視されていません。そこでJSWの鋼塊の実績を見てみます*。
偏析の基準値以上が全て押湯部に収まっていてちょっとびっくりしますねこれは。

以上です。

*第37回原子力規制委員会 資料2 仏国原子力安全局で確認された原子炉容器等における炭素偏析の可能性に係る調査の状況等について
**「フラマンビル3号機(EPR)におけるRV材料(上蓋、下鏡等)の鋼材組成に関する問題」

2016年10月6日木曜日

セルフシャープニングの覚え書き

お世話になってます。以前ツイッターのほうで装甲材と砲身材の違いについてかくかーとか行ってたんですけど、おもったより需要が機械的性質よりだったのでどういうのがいいのか考え中です。

今回はセルフシャープニングについて調べてたら面白かったので,一度まとめる意味でメモ書き程度の内容です。

セルフシャープニングは、劣化ウラン(DU)の高速度衝突で生じるものが特に有名です。セルフシャープニングは高速度で起こるせん断によって形状が先鋭化する現象について名づけられたものですが、材料の変形挙動としては、Adiabatic shear、 断熱せん断と呼ばれるものに基づいて起こっているそうです。

断熱せん断の特徴はせん断荷重を受ける部位のみが集中的にせん断変形を起こしそれ以外の部位はほとんど変形を起こさないところにあります。断熱せん断という意味は、高速度衝撃では極めて短時間のうちに現象が終了するので塑性変形により生じる加工熱はその外側にほとんど伝熱せず、断熱過程で生じるためのようです。断熱せん断過程ではこのせん断部位に断熱的に起こる発熱が強く関わっているので、今回はそれを見ながら考えて見たいと思います。

まず、塑性変形が局所的に生じる現象について外観したいと思います。断熱せん断に限らなければ、塑性変形が局所的に生じる物質は身近に存在しており、軟鋼がそれです。そこで、軟鋼の応力ひずみ線図を以下(Wikipedia)に示します。応力が上降伏点(PeH)を超えて降伏点減少が起きると試験片にはリューダース帯を生じますが、このリューダース帯が試験片を横断するまで塑性変形はリューダース帯境界にのみ集中して生じます。これは未降伏な部分の変形に要する応力が上降伏点だけ必要なのに対して、降伏済み(リューダース帯境界部)の変形には下降伏点(PeL)だけでよいため、自然に理解される事柄だと思います。
軟鋼の応力ひずみ線図

変形の局所化という意味では、応力ひずみ線図の最大引張強度(Pm)を超えた後の変形も同様に局所化しています。これについて少し考えてみます。一軸引張りを受ける試験片が降伏すると加工硬化(変形と共に強度が上昇)します。一方で、縦に伸びた分だけ試験片面積は減少するので、全体が均一に変形するためには、そのひずみにおいて少し伸びたときの応力の増分と掛かっている応力とが釣り合うことが不可欠です。この関係が成り立たなくなった時、試験片のある箇所に変形が集中することになり、その部分のみがどんどんと伸び、断面は減少していきます。この場合試験片はネッキングを生じ、ネッキング部に変形が集中します。

何にせよ、ひずみが律速する過程においては加工に伴う硬化が付加される応力よりも下回った時、変形の局所化が生じることになります。 

高速度変形では、この応力と加工硬化との釣り合いの関係に、塑性変形により生じる発熱が加工部に蓄積するという要因が加わります。塑性変形が生じると、それに伴って生じる熱量によりせん断変形部の温度は上昇します。高速度変形では、生じた熱が拡散する伝熱速度に比べてひずみの蓄積のほうが圧倒的に高いため、熱は外部に逃げることなく、断熱的に進行します。よく知られているように、ほとんどの金属材料は温度が上がると軟化するため、塑性変形とともに材料は軟化することになります。一方で、ひずみの進行とともに加工硬化も生じるので、このような変形下で軟化が生じるかは両者の兼ね合いとなります。これらの影響を与える式をまとめて示すと、以下の式になります。


先程の議論から、塑性変形の局所化は最大応力を示すひずみ量(上式=0になるひずみ量)で生じます。この状況が達成された時、材料は断熱せん断によって変形します(という理解です)というのがざくっとしたAdiabatic shearの解釈になるのかな、と思います。右辺第一項は加工硬化、第二項は応力のひずみ速度依存性、第三項は応力の温度依存性を示しているので、この3つを調べれば判定できるということに一応はなります(Rechtは別のを提案してますが、まぁ…)
これを前提に劣化ウラン弾とタングステンの動的強度と温度依存性を調べて比較してみたんですが意外に系統立てて説明できなくてちょっと困ってます。なにかあるんでしょうね。ウランは高温で軟質相に相変態すると説明しているのがあるんですが、1 μs以下のスパンで相変態するのかな?と思ってちょっと不思議に思っています。拡散による変態なのに変態速度が鉄のマルテンサイトが成長する速度よりも早くなってしまうような気がします。
一方で、変形が必ず局在化する金属ガラスという変わった材料もあり、これは少しだけ調べられている形跡があります。また、セルフシャープニングを起こさないと言われるタングステンでも、製造プロセスによってはセルフシャープニングを生じるようになると言われています。このあたりの議論は基本的にはAdiabatic shearに基づいて議論されているので、この辺を踏まえていると読みやすくなるのかな、と思います。


ただ、セルフシャープニングが効果的なのは弾着時の速度が1000~1500 m/sの領域で、それ以降ではタングステンとの差が縮まってくるようなので(例えば、High Velocity Performance of a Uranium Alloy Long Rod Penetrator, Fig. 6, 7)、砲弾の火薬の性能が上がってくるとあんまり重要じゃなくなってくるのかもしれませんね。現象としては面白いですががが。